第5話 パニック
天道の号令で、轟をはじめとする運動部の連中が再び立ち上がった。
だが天道は俺の方に向き直り、まっすぐな目で言った。
「相川、お前も来てくれ。地図だけじゃ分からないこともあるはずだ。現場でお前の情報が必要になる」
「え、俺が?」
思わず素っ頓狂な声が出た。
戦闘も探索も、ずっと司令室から指示を出すのが自分の役目だと思っていた。
体力には全く自信がない。
俺が躊躇していると、隣で休んでいた佐藤が俺の背中を叩いた。
「行ってこいよ、相川。お前が見つけた希望なんだから。お前が行かなきゃ始まらないだろ」
「……わかった」
俺は覚悟を決め、頷いた。
忘れられた区画は、メイン電源が落ちていて、俺たちが持ち込んだ携行ライトの光だけが頼りだった。
設計図のデータをタブレットに表示させ、俺は先頭の天道と轟の後ろから指示を出す。
「次の分岐を右だ。その先は資材用の通路のはず……」
だが、俺たちの進軍は、すぐに壁にぶち当たった。
「なんだよこれ!道が崩れてやがる!」
轟がライトで照らした先は、瓦礫の山で完全に塞がれていた。
設計図にはない崩落だ。
「くそっ、回り込むぞ!」
焦る轟が別の通路へ向かおうとするのを、技術担当として同行していた神崎が制止した。
「待って、轟くん!図面にない崩落ってことは、この区画全体の構造が不安定になってる可能性があるわ!無闇に動くのは危険よ!」
「じゃあどうしろってんだよ!このままじゃ時間が……!」
リーダーである天道が「みんな落ち着け!」と叫ぶが、焦りと恐怖でその声は届かない。
指揮系統なんて、あってないようなものだ。
これが、ただの高校生の集まりの限界だった。
俺は、パニックを起こす皆から一歩離れ、冷静にタブレットを操作していた。
「……ダメだ、この区画のメイン通路は全部同じような状況かもしれない。でも……」
俺は設計図を拡大し、細いラインを指でなぞった。
「ここに、メンテナンス用の小さなダクトがある。ここなら崩落の影響を受けていない可能性がある。少し狭いが、這って進めばいいかもしれない」
俺の言葉に、全員がハッと我に返った。
天道が俺のタブレットを覗き込み、「本当か!」と顔を輝かせる。
「よし、このルートで行くぞ!」
天道が改めて指示を出し、俺たちはなんとかダクトを通り抜けて、目的の倉庫にたどり着いた。
そこには、新品のフィルターが静かに出番を待っていた。
司令室に戻り、神崎と佐藤がフィルターの交換作業を終えた時、要塞の空気循環システムは正常に再起動した。
だが、誰の心にも、安堵より大きな疲労感と、そして新たな危機感が刻み込まれていた。
探索から戻った後、天道と轟、そして神崎が俺の前に並んで頭を下げた。
「悪かった、相川。俺たちだけじゃ、何もできなかった」
天道が代表して言った。
「俺のリーダーシップも、轟の行動力も、神崎の技術も、バラバラに動いたら何の意味もなかった。お前の情報がなければ、俺たちはあの暗闇で仲間割れして、全滅していただろう」
天道の言葉は、その場にいた全員の想いを代弁していた。
そうだ。俺たちには、確かな拠り所がなかった。
それぞれの善意や正義が、焦りや恐怖の前ではいとも簡単に統率を失ってしまう。
だが、俺たちの心には、共通の想いが芽生え始めていた。
武器もなく、ただ場当たり的に対応するだけでは、また同じことが起きる。
外敵に、あるいは今回のような事故に、俺たちはあまりにも無力だ。
自分たちの命を、自分たちで守るための『組織』が、今、必要だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます