第3話 初戦闘

「なんだよ、あれ……!」

「救助隊か!?」


 司令室に駆け込んできた天道たちが期待の声を上げるが、俺はスクリーンに表示されたデータを指さして、その希望を打ち消した。

「違う……あれ、メインウェポンがオンラインになってる。こっちをロックオンしてるぞ!」


 その直後、凄まじい衝撃が要塞を揺るがした。

 何人かが床に倒れ込み、悲鳴が上がる。

 メインスクリーンに、居住区画の一つが赤いダメージ表示に変わるのが映った。


「くそっ、敵かよ!」

 野球部キャプテンの轟が吐き捨てる。


「何か武器はないのか、相川!」

 天道が俺に叫ぶ。

 だが、俺がいくらログを調べても、まともな防衛システムは全てオフラインだった。


「轟!動かせる奴らを集めろ!作業用のアームでも何でも使って抵抗するぞ!」

「おう!」


 轟たちが無謀な戦いのために飛び出していく。俺には分かっていた。そんなものは、竹槍で戦闘機に立ち向かうようなものだ。


『第4居住ブロック、大破!』

『きゃあっ!』

 インカムから、女子たちの悲鳴と、負傷した仲間の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。

 ダメだ。このままじゃ、皆殺しにされる。


 恐怖で指が震える。それでも、俺は諦めずにログの奔流を漁り続けた。


 何か、何か一つでもいい。この状況を覆せる、たった一つのカードを……!


 そして、見つけた。

 システムログの本当に片隅。

 何重ものエラー報告の影に隠れていた、たった一行の記述を。


『緊急手動兵装システム:対艦ミサイルランチャーx1……ステータス:オンライン』


「……あった!」

 思わず声が出た。

「天道!一つだけ、使える武器がある!」


 俺の言葉に、絶望しかけていた全員の視線が突き刺さる。

「だが、自動照準システムは死んでる!狙いは手動で入力するしかない!」


「手動だと!?そんなの、どうやって……」

 天道が言葉を失う。


 その横で、この司令室のシステムを一番理解している物理部の神崎玲奈が、悔しそうに唇を噛んだ。

「無理よ……敵の動きを予測して、偏差射撃の座標を計算するなんて……コンマ数秒の世界よ」


 そうだ。普通なら無理だ。

 だけど、俺の脳裏には、いつもやっているゲーム『銀河の覇者VII』の戦闘画面が浮かんでいた。

 敵艦の進路を予測し、未来位置にカーソルを合わせ、ミサイルを撃ち込む、あの感覚。


 そして、この要塞のマニュアルに書かれていた弾道計算のアルゴリズムは、あのゲームの最新アップデートで実装されたものと似ていた。


 馬鹿げてる。ゲームと現実が同じなわけがない。

 でも、もうこれに賭けるしかなかった。


「――俺がやる」


 俺は震える声で言った。隣にいた佐藤の肩を掴む。

「佐藤、手伝え!俺が敵の動きを読む。お前はそれを元に物理計算で未来位置を割り出してくれ!」


「はあ!?相川、お前何を……」

 戸惑う佐藤だったが、俺の真剣な目と、コンソールに表示された弾道計算式を見て、瞬時に意図を理解したらしい。彼の目の色が変わった。

「……なるほど、相川がパターン予測を、俺がリアルタイムで物理演算を叩き出すってわけか!無茶苦茶だ、だが……最高に面白い!」


「神崎さん!」

 俺は司令席に座る彼女に向き直った。

「俺たち二人が座標を出す。あなたはそれをシステムに入力することだけに集中してくれ!」


「あなたたちに何ができるって言うのよ!」

 神崎が叫ぶ。

 当たり前の反応だ。クラスの隅にいた陰キャ二人が、いきなり司令官みたいなことを言い出したんだから。


「いいから、やらせてくれ!このままだと、全員死ぬぞ!」


 俺の必死の形相に、天道が何かを感じ取ったらしい。

「……わかった。神崎、二人の言う通りにしろ!」


 司令室が、俺たちを中心に動き始める。

 俺はスクリーンに表示される敵の動きと、計器の数値を睨みつけた。


 敵機速度、相対距離、ミサイルの加速G……。

 違う、考えるな!いつもみたいに……感じるんだ!


「敵機、減速!3秒後に急加速して右に回避するはずだ!」

 俺の直感的な予測が叫び声となって響く。


「了解!敵機の現在質量と慣性モーメントから最大加速度を予測、3秒後の未来位置を算出……!」

 隣で佐藤が、見たこともないような速さでキーボードを叩き、数式を組み立てていく。


「座標出た! X77-Y49-Z158!」

「座標、X77-Y49-Z158!入力完了!」

 佐藤の計算結果を、神崎が寸分の遅れなくシステムに叩き込む。


 敵機が急加速し、ランチャーを見かけて右に回避しようとする。

 予想通りだ。


「今だ!」

 俺はタイミングを叫んだ。


「最終座標、確定!」

 佐藤の指がエンターキーを叩く。


「――撃てぇぇぇ!!」

 天道の号令が司令室に響き渡った。


 俺の絶叫と共に、要塞の隅から一筋の光が放たれた。


 それは、まるで意思を持っているかのように美しい弧を描き、まさに回避運動を取ろうとした船の、ちょうどエンジン部分に突き刺さった。


 一瞬の静寂。

 そして、メインスクリーンの中で、敵艦がまばゆい光と炎に包まれた。


「……やった」


 誰かが呟いた。

 だが、司令室に歓声は上がらなかった。


 インカムから聞こえてくるのは、勝利の雄叫びではなく、負傷した仲間の名前を呼び続ける、悲痛な声だけだった。


 俺は、ぜえぜえと息を切らしながら、隣の佐藤と視線を合わせた。

 佐藤も汗だくで、だがその目は興奮で輝いていた。

 俺たちは、無言で小さく頷き合った。


 とにかく、まずは助かった。

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