梟の鳴く夜、君の隣にいられる幸せ。

天照うた @詩だった人

別れ

 梟が一鳴き、夜。

 珍しいな、なんて思いながら窓をひと思いに開ける。夜風が入り込んでくるのと同時に、何かが投げられてきた。


「おわっ!?」

「へへ、また引っかかってくれたね」


 にやにや、と頬を緩めながら、隣の家の幼馴染……兼僕の彼女が笑う。

 むぅ……と不満顔で立ち上がると、僕の顔の隣には課題が落ちていた。名前を確認する。……僕のものじゃ無い。


「それ、あたしの課題! やってくれてもいーよ?」

「やるかよバカ」


 「ざんねーん」と大して残念ではなさそうな口調で彼女が言い放った後、「ちょっとどいてー!」と元気に彼女が言う。

 身を逸らすと、ひょいっと軽い身体を弾ませて彼女は僕の部屋に入ってきた。


「おじゃましま~す……っていう理由もないよね。ここほぼあたしの部屋みたいなもんだし」

「おい、部屋主がここにいるぞ」

「あちゃ~そーだったね。ごめんごめん」


 悪びれも無くペロッと舌を出して彼女が言う。その姿が彼女らしくて思わず頬が緩む。

 でも、きっと彼女は表で激情を隠しているだけなのだ。


「……もう、明日だねぇ。あたしが入院する日」

「そうだな」

「どう? もしかして寂しい?」

「そんなわけ、ない……けど……」


 嘘だ。少しだけ、寂しい。正直、彼女に伝えられない思いがたくさんある。

 彼女は難病を患っている。100%、と言ってもいいほどに致死率の高い病気。表面上は元気に振る舞っている彼女だってきっと不安なはずだ。そうに違いない。


「あたしさ、死なないよ。こんなに元気なんだもん。誤診だよ、きっと……だから、そんな顔しないでよ。らしくないなぁ」


 僕よりずっと身長の低い彼女が手を伸ばして僕の頭を撫でる。

 ふいにその手を握った。僕よりも少し高い体温が直に伝わる。


「まだ、生きてる」

「だから死なないよ。だいじょーぶ!」


 ……その『』を信じられる勇気を、僕は持っていない。


「でも、怖いよな?」

「怖いわけないじゃん。あたしは大丈夫。大丈夫だから……」


 僕は知っている。彼女は嘘をくとき、左の二の腕を右手で強く握りしめるのだ。そして今日は、右手の爪が強く強く腕にのめりこんでいる。

 怖くないなんてこと、あるわけない。いつも元気な彼女でも怯えているんだ。それを必死に覆い隠そうとしている。

 なら、僕に出来ることは――


「そっか」


 きっとその嘘を、暴かないであげることだ。

 僕はそっと彼女の右手をとって、指を絡める。彼女は少し肩を揺らした後、ゆっくりと細い指を僕に絡める。


「あたし、がんばるから。……だから、ずっとあたしのこと、守って」


 譫言うわごとのようにそう呟いた彼女。きっとこれが、彼女に出来る精一杯の『甘え』なのかもしれない。


「あぁ、守るよ。僕なんかで良ければ、いくらでも頼って」


 「……なんか、じゃないよ」小さく発されたその言葉の後、子どものように彼女が抱きついてくる。

 その数秒後、唇に小さな温かみを感じた。



「元気もらえた。ありがとね、こんなあたしのそばにいてくれて」



 なんだか元気の無い微笑みが、夜空にぽっかりと浮かぶ。

 僕なんかで良ければいつまでもいる。いつまでも君のことを愛する。

 ――だから、離れないでくれよ。


 暗い夜空に、梟がもう一鳴きした。

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