第1話(後編)――「出港――フォケーアへの針路」

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『大航海時代を逞しく生き抜く戦争孤児アイユーブ』(第一章第1話)【登場人物・人物相関図】です。

https://kakuyomu.jp/users/happy-isl/news/16818792438806537831

『大航海時代を逞しく生き抜く戦争孤児アイユーブ』(第一章第1話)【作品概要・脚脚注※※】です。

https://kakuyomu.jp/users/happy-isl/news/16818792438806421645

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前書き

水夫10名を雇い食糧を積み、絨毯800荷を確保して装備を整えた一行は1522年4月17日11時にイスタンブールを発ち、まずはフォケーアへ――旅立ちに際し、スアードの望遠鏡や羅針盤の贈り物が若き船長の背を押す。


本文


 アイユーブは酒場で水夫を10名雇い、3ヶ月分の食料もカラムの付けで市場から買い付けした。


 スアードの勧めでイスタンブールの市場へ行き、絨毯を800荷買い付けた。絨毯は1ドゥカートで100荷買い付けられるので8✕1.03=8.24ドゥカート支払った。


 もう、これ以上積めないので、アイユーブとカーミルは1522年4月17日木曜日午前11時にイスタンブールを出港した。順調に行けば20日の午後にはフォケーアの港に到着できるだろう。


 出港する前に港を回って知り合いに挨拶をしてしてきた。自分が船長で交易するのは初めてなのでアドバイスも聞いておきたかった。


 桟橋は朝の陽に濡れて、塩とタールの匂いがきらめく水面に揺れていた。荒縄が木杭を擦る低い軋み、帆布を打つ風のぱん、と弾ける音、遠くのミナレットから流れてくるかすかな祈りの声——それらが渾然となって胸の奥を少しだけ熱くする。


 スアードは薄い紺色のスカーフで髪をまとめ、手の中に包んだ物をそっと差し出した。微かにバラ水とオレンジの皮の香りが立つ。


 「望遠鏡。磨いておいたわ。夜になると海は嘘をつくから、星の滲みまでよく見えるように」


 アイユーブは真鍮の冷たさを掌で確かめ、レンズの輪郭に指を滑らせた。金属の縁が朝の光を細く返す。


 「助かる。お前の手は、相変わらず器用だな」


 「それと、羅針盤とコンパス。針は北にしか興味がないの。人間みたいに迷わないから、羨ましいわ」


 彼女は小箱の蓋を開け、指で軽く弾いて磁針の震えを見せた。薄い油の匂いが立ちのぼり、彼の鼻腔に馴染み深い港の塩気と重なる。


 「どこかの港で経緯儀を見つけたら、必ず買って。星はみんな同じ高さでそこに居るのに、場所が変われば見え方は変わる——それを知っている人は道に迷わないの」


 「覚えておく。戻ったら、最初にお前の顔を見に行くよ」


 スアードは笑って、しかし視線だけは海の方へ落とした。陽が波頭で砕け、彼女の頬に散った光がひとつずつ消えていく。


 「約束ね。酒場の奥の席、窓の手前——あなたがいつも背中を壁に向けて座る席。あそこで待つわ。葡萄酒は薄めに、パンは硬め、ハーブは多め」


 「よく覚えてる」


 「覚えちゃうのよ、同じものばかり頼む人は。……それに、覚えていたいの」


 彼女は望遠鏡の筒に細い青い紐を結び、固結びに爪を立てた。甲板の上で跳ねるロープが木に打ち付けられ、どん、と腹に響く。塩の微細な粒が唇に触れ、舌先にわずかな苦みを残した。


 「風は味方よ。ほら、頬に当たるでしょ。冷たいけれど、嘘はつかない」


 「風が嘘をつかないなら、俺もだ」


 彼は紐の結び目に指を添えた。指先に残るのは金属の冷たさと、彼女の体温の名残。


 「帰ってきたら報告して。値段の話じゃなくて——どんな匂いの街だったか、どんな音で朝が始まるのか、どんな味の水を飲んだのか」


 「全部持って帰る。匂いも音も味も、ぜんぶ」


 スアードはうなずき、片手で彼の胸元の布の皺を整えた。指先が一瞬ためらい、すぐ離れる。


 「行って。長居すると、港は人の心を甘やかすから」


 「……行く」


 甲板に足をかけた瞬間、風が向きを変え、帆布が大きく鳴った。彼は振り返り、スアードの名を呼ぼうとしてやめた。代わりに、望遠鏡を高く掲げる。彼女は小さく手を振り、唇だけで「星を見て」と言った。


 潮の匂いが強くなる。船は離岸し、タールの黒い光と木肌の茶が細い帯になって後ろへ遠ざかっていく。アイユーブは羅針盤の針が指す一点を見つめ、胸の内側で結び目が確かに固くなったのを感じた。


後書き

計画は海上で現実となり、最初の目的地フォケーア到着見込み(4月20日午後)を胸に、彼は“逃げの速さも武器”とする商人の戦いへ踏み出した――この出港が、後に広がる交易網と人間関係の起点となる。


第1話のまとめ

 新たな物語の第一歩を踏み出しました。本作は、オスマン帝国の壮麗帝時代という激動の時代を背景に、一人の戦争孤児アイユーブが、自らの知恵と勇気、そして人との縁を武器に世界へと漕ぎ出していく物語です。


 イスタンブールの下町で育ったアイユーブは、過酷な運命にも屈せず、自らの夢と妹サーラへの想いを胸に秘めながら、一歩ずつ交易商人としての道を切り拓こうとしています。彼の冒険の始まりは、時に厳しく、時に温かな人々との出会いに満ちています。


 本章では、歴史の表舞台だけでなく、市井の人々の暮らしや当時の交易・経済のリアルな姿にも光を当てています。細かな貨幣価値や船の種類、貿易の仕組みなど、実際の歴史資料や当時の風習を参考にしつつ、物語としての面白さも大切にしました。


 この物語が、読者の皆さまにとって「まだ知らなかった歴史の息吹」を感じさせる新しい冒険の旅となれば幸いです。ここから続くアイユーブの成長と彼を取り巻く仲間たちの物語にも、ぜひご期待ください。

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