第4話 デートしよう

 昼休みの後、退屈で集中できない授業が終わり、やっと放課後になった。部活がある生徒は鞄を持って次々と部室へ向かった。そして帰宅部である俺は家に帰るために、教科書とペンを鞄に押し込む肩にかけた。軽い足取りで教室の敷居を跨いだ。


「あ、いたいた。周!」


 その瞬間、背中から俺の名前を呼ぶ声がした。振り返ってみると、そこには優月が手を振りながら、こっちへ走り寄っていた。


「一緒に帰ろ」

「いや、俺は一人で帰りたいが」

「周、みんな見てる。だから一緒に帰るって言って」


 優月が微笑みながら小声で囁いた。顔は確実に微笑んでいるが、なぜか脅される気がした。

 俺は優月の言葉を聞いて目だけ動かして周りと見渡した。廊下だけじゃなく教室の中からも多くの生徒たちが、俺たちを見つめているのが見えた。


 露骨すぎじゃない?


 と思われるほど、じっと見つめられていた。結局俺は仕方なく優月の言う通りに従うしかなかった。


「わかった。一緒に帰る」

「わぁ、嬉しい。あ、もう一人いるけど大丈夫だよね?」

「もう一人?」

「ハルちゃん〜」


 ハルって俺が知ってるあのハルか。


 俺は優月が見ているところに視線を移した。そこには鞄を持ったハルが立っていた。優月のせいで全然気づいてなかった。ハルは居心地悪いのか、さっきからずっと優月と全然目を合わせられなかった。


「一緒に帰る人って周だった?」

「そう。一緒に帰ってもいいよね?」

「それが・・・」

「なんか用事でもあるんじゃない?」

「えっ」


 ハルがちょっとびっくりした顔で俺を見た。しかしそれもちょっと、すぐ眉間に皺を寄せて俺を睨みつけた。


「どちら様ですか。」


 うわぁ、マジか。まだ拗ねてるのか。


「お前、まさか朝のことでまだ」

「キモいので、声かけないでもらえますか」

「え、二人仲良かったじゃない?」


 俺とハルの間に挟まっていた優月が、きょとんとした顔で俺とハルを見た。


「二人、親友だと思ってたのに」

「全然。私は友達に彼女できたと報告もしないやつなんか知らない」

「だから、なんで俺があれをお前に報告しなきゃいけないんだよ」


 マジで訳がわからない。俺が恋愛するのがハルと何の関係があるんだ。報告する義務もないし、報告しなかっただけであんなに拗ねるのか、マジで訳がわからなかった。


「まあまあ二人とも落ち着いて。なんでそんなに目に角を立ててるのかはわからないが、落ち着いてよ」

「まあ優月がそこまで言うなら」

「でハルちゃんはどうするの?」

「え、ななにを」

「一緒に帰るの?」

「それが・・・あ! そういえば私、今日部活あった。完全に忘れていたんだ。今日は二人で帰ってね。私は今すぐ部活行かないと」

「え、でも今日ハルちゃん部活ないんじゃな」

「じゃまたね〜!」


 ハルが逃げるように手を振りながら廊下を走り去った。


 ハルのやつなんか変だね。


「行っちゃったわね」

「うん。行っちゃった」


 俺と優月は早いスピードで遠ざかっていくハルの背を見てつぶやいた。


「じゃ私たちももう帰ろーか」


 俺は返事の代わりに首を縦に振った。俺たちは廊下を並んで歩いた。


「そういや周はハルちゃんといつから知り合ったんだ? すごく仲良しに見えた」

「五歳からか六歳だったか、正確にはわからないけど、家が近くて小さい頃から知り合った」

「じゃほとんど十年以上だね?」

「まあな」

「だからそんなに仲良いのか。お互いに何でも知っているから」

「そうかな、違うと思うんだけど」

「でもハルちゃんは周のことよく知っていたよ」

「そう?」


 そんなこと話しながら俺たちは階段を降りていった。下駄箱で靴に履き替え外に出た。幸いに学校の外は生徒がそれほど多くなかったので、俺らに向けられた視線がだいぶん減った。


 かといって全くないわけじゃないが


 多くはないけど、下校する生徒たちが俺たちをチラチラと見ていた。しかもその中にはうちの学校の制服がない生徒もいた。どうやら俺の偽り彼女はうちの学校だけじゃなく、他の学校にまで有名らしいだった。

 でも学校での視線に比べると、このくらい大したことなかった。そしてそもそも他人の視線など別に気にしない性格だったので、誰が見ても気にしなかった。


「あ、そういえば聞いてみた?」

「なにを」

「恋人は何をするか」

「あ、それ」


 優月が鞄を振り回しながら言った。


「昼休み後に友達に聞いてみた。思ったよりつまらなくてがっかりだった」

「そのつまらないことってなんだ」

「デートとかするんだって」

「デート?」


 恋愛経験ゼロで、恋愛に関心ない俺だが、デートくらいはわかっていた。休日に好きな人と二人っきりで遊ぶことだろ。


「私はもっとすごいことを考えてたのに、デートなんてつまらない」

「もっとすごいことって、例えば?」

「ふーむ」


 急に優月が周りを見回し、あんまり人がいないのを確認して俺の耳元に口を寄せた。


「エッチなこととか」

「はあ?!」


 びっくりして道の真ん中でつい大声を上げてしまった。


「プハハハハ、何よ、その反応。冗談だよ」


 そしてそんな俺の反応がおもしろそうに優月は腹を抱えて笑った。


「安心して。偽装彼氏にそんなことまで求めるつもりはないから」

「それはすごくありがたいね」


 まさかそんなことまでしないといけないのか、とちょっとひやっとした。


「あ、あと明日デートだから知っといて」

「ん? なんだと?」


 一瞬デートと聞いた気がするけど、気のせいだろう。


「明日デートだって」

「・・・・・・」


 気のせいじゃなかった。


「いきなり? いきなりデートはなんて」

「私、昼休みに言ってたでしょ。恋人フリするために、他の普通の恋人のやること全部やるんだって」


 そういえば、そんなこと聞いた覚えがあった。いや、それより


「なんでよりによって明日なんだ」

「だってちょうど明日休日だし、さっさとやっちまう方がいいだろ」

「それはそうだけど」

「なんでそんなに嫌がるの? 明日予定でもある?」

「いや、別に予定とかないけど」


 休日に休日出かけるのめんどくさい。家で思いっきり寝たい・


「特に予定がないなら、私とデートしなさい。デートするのよ? わかった?」

「・・・うん。わかった」


 しかし特に断る口実がなかったので、俺は優月の誘いを受け入れざるを得なかった。望まぬ予定が突然できて、憂鬱になった


「何よ、その表情は。この私とデートなのに、なんでそんなに落ち込んでるだよ。もっと喜べ」

「はは、すごく嬉しい」

「うわ、めっちゃ棒読み。全然嬉しなさそう」


 そんなくだらないやり取りをしながら優月と並んで歩くと、分かれ道が出た。


「私はこっち、またね、と言う前に、連絡先教えてください」


 優月がスマホを俺に差し出した。


「連絡先はなんで」

「たとえ偽装だけど恋人同士に連絡先交換ほど別にいいじゃん。いつでも話せるし、デートの件で話すこともあるから。早くスマホ出した」

「わかった」


 俺はポケットからスマホを取り出し、優月と連絡先交換した。


「できた。じゃまたね。家に帰ったら連絡するね」


 優月が大きく手をふりながら路地に入った。俺は方向を変えて家に向かった。何も考えずぼーっと歩いて帰っていた途中、突然ポケットのスマホからバイブが鳴った。取り出してみると、通知が来ていた。


『優月だよ』

『今家に着いた』

『明日のデート忘れるな』

『楽しみだね』


 もう家に着いたのか、早いね。俺も早く帰ろう。

 俺はちょっとスピードを上げて歩き出した。一分も経たないうちに、スマホのバイブが再び鳴った。通知にはさっき見た名前が書いてあった。


『返信は?』


 うざい女だね、と思いつつ返信を打った。


『俺も楽しみ』


 この程度なら満足だろう。


 たとえ嘘であったが、本音を送ったら面倒くさいことになりそうだった。そして幸い正解だったか、もうスマホのバイブは鳴らなかった。

 俺は静かになったスマホをポケットに入れて、また歩き出した。

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