第3話 全部やるから
白井さんについて行って着いた先は、他でもない学校の中央にあるベンチだった。
「ここで食べるの?」
「うん、早くこっちきて」
いつの間にかベンチに座った白井さんが自分の右隣の席をトントン叩きながら俺を呼んだ。俺は仕方なくため息をつきながら彼女の隣に座った。
「ここで食べると丸見えだけど大丈夫?」
「だからいいのよ。私たちがガチで恋人っていうのをみんなに脳裏に刻み込めるじゃん」
「それは・・・そうだね」
確かに、誰も見られないところで二人で食べたって、なんの意味がなかった。俺たちが一緒に食べたことを誰も知らないんだから。
だからどうせ一緒に食べるなら、みんなの目に入る場所で食べて見せた方がずっと良かった。そして、こうして一緒に食べる姿を見せて本当の恋人同士だって証明する方が、いちいち答えてあげるよりもずっと効率的だと思った。
「あそこ見て」
白井さんが校舎を指さして、小さく囁いた。
「すでに私たちを見てるよ」
「本当だ」
教室の窓、廊下の窓から俺たちを見ている生徒たちが見えた。
「そんなに他人の恋愛が気になるか」
「正確には私の恋愛が気になりんだろう。ああ、こうだから美女はつらいんだよ」
「そういえば白井さん、思ったより有名なんだね」
前にクラスでカップルができた時も、これほどではなかった。クラスメイトや彼らの知り合いだけが関心を持っていただけで、学校中のみんなが関心を持っていたわけではなかった。
なのに白井さんと付き合っていると言ったら、学校中のみんなが関心を持っていた。
「私が昨日言ってたでしょ。私って結構有名なんだって。まさか信じなかった?」
「妄想に耽ってるんだと思ってた」
「それはひどいね」
白井さんがケラケラ笑った。
「じゃあ細川くんは妄想に耽った女と付き合うって言ったってこと? すごいね。そんなに私が可愛かった? 妄想に耽った女と付き合うほどに?」
「いや、ただ付き合うって言わないと、面倒くさくなりそうだったから一っただけだけど」
「プハハハハ、なにそれ。マジウケるね」
白井さんが俺の肩を叩きながら笑った。
痛い・・・。
「細川くん思ったより面白いわね。やっぱ細川くんにして良かった」
そう言いながら白井さんは弁当の蓋を開けた。それを見て、俺もパンの袋を破った。
「ではいただきます〜」
「いただきます」
俺たちはご飯を食べ始めた。それと同時に静寂が流れた。
なんの会話もなく静かに飯を食べている中、白井さんが静寂を破って話しかけた。
「私一つ提案したいことがあるんだけど」
「なに」
俺はパンをもぐもぐ噛みながら聞いた。
「付き合うふりだけどさ、私たちそこまで親しいわけじゃないでしょ」
「まあ昨日知り合ったばかりだから」
「それもそうだけど、他人から見ると可笑しいと思われるかもしれない」
「そうかな」
「そうなんだってば。今日だって「なんで付き合ってるのに苗字で呼び合うの?! あなたたちガチで付き合ってるだよね?」って百回くらいは聞かれたんだよ」
「付き合ったら普通、苗字で呼ばないのかな」
「私も知らないけど、そうみたい」
白井さんが白いご飯を口に入れながら言った。
「だから、私たちもこれからは字で呼ぶのをやめて、名前で呼び合わない?」
「名前で?」
「うん。突然すぎるかもしれないけど、その方が人たちに疑われないと思う」
「わかった。そうしよう」
「じゃ一度名前で呼んでみて」
「いきなり? まあわかった。ゆ・・・ゆ・・・・・・ごめん、名前なんだっけ」
「マジか」
白井さんが衝撃で開いた口が塞がらなかった。そのため、口の中から白いご飯が弁当箱に落ちてしまった。
「細川くん、たとえ偽装だけど、彼女の名前も知らないの? 昨日言っただろ」
「でも苗字は覚えてるよ。白井だろ」
白井さんが呆れ顔で俺を見つめた。
「ごめん、実は俺、他人の名前覚えるの苦手なんだ」
今朝、ハルに聞いたのに、もう忘れちゃった。
そんな俺に呆れたように、白井さんが深くため息をついた。
「優月だよ、私の名前。優しいの優に月を使って優月」
「そっか。わかった。優月。覚えとく。で優月、これから名前で呼び合えばいいんだよね?」
「・・・・・・細川くん、さりげなく名前で呼ぶんだね。しかも呼び捨てで。ちょっと意外で驚いた」
「そう? 普通だと思うんだけど」
苗字も名前も結局は人を呼ぶことだから、別に意識する必要ないと思うんだが。
「そういえば、優月は俺の名前知ってる?」
「そりゃもちろん知ってるよ。周だろ」
「なんだ、知ってるね」
「私が名前も知らない人に告白するわけないじゃん」
「それは・・・それだね」
「まあ、周は名前も知らない人と付き合うけどね」
「それも、そうだね」
俺はパンを一口かじりながら返した。
「でこれから名前で呼び合うの?」
「周さえ良ければ」
「俺はどっちでも構わない」
「ならこれから名前で呼び合おう」
「うん、わかった」
こうして俺と優月の間にまた一つルールが増えた。そしてそのルールを最後に、俺たちの間にはまた気まずい静寂が流れた。
「周はお昼はいつも購買?」
今度も優月が静寂を破って話しかけてきた。
「それともお弁当?」
「大体購買かな。料理できないから」
「ふーむ、そっか」
優月がソーセージを口に入れてもぐもぐ噛んだ。
「周は聞かないの?」
「なにを?」
「私はお昼購買か、お弁当か」
「それ、わざわざ聞く必要ある?」
今お弁当食べているから、普段にもお弁当食べるんだろう、と思って聞く必要性を感じなかった。
「それでも聞いてくれよ。会話が途切れちゃうから」
「はあ、わかった。優月はお昼いつもお弁当なの?」
「うん。お弁当」
「そっか」
やっぱり。俺の推測通りだった。
「いやいや、『そっか』で終わらせちゃダメでしょ。もっと聞いてよ。たとえばそのお弁当自分で作った?、とか」
「えーっ、別に聞きたくないが」
「それでも聞いてよ。恋人みたいに」
「わかった」
うざいんだけど。
「優月は自分でお弁当作るの? それともお母さんが」
「当然私の手作りだよ。どう美味しそうでしょ」
優月が浮かれたように自分のお弁当を見せた。もう半分は食べちゃったので本来の形はどうだったかわからないが、優月が欲しがる答えがありそうだから。
「うん、美味しそうね」
「フフッ、正解だったわ」
「・・・・・・」
「ちょっとそれだけ?」
「じゃあまたなんかある?」
「女子力高いねとか、いいお嫁さんになりそうとか、あるでしょ」
ああ、マジでうざい女だね。と言いたかった。でも今はちゃんと恋人のふりをしないといけないから。
「女子力高いね。いいお嫁さんになる」
「めっちゃ棒読みだけど、ありがとう」
優月が照れくさげに頭を掻いた。
「優月まさかこの言葉が言われたくて、さっきから問いを求めたわけ?」
「当たり前じゃん」
「次からは遠回しに言わないで。言われたい言葉があるなら、なんでも言ってやるから」
「わかった」
そんなくだらない会話をしながら食べていたら、いつの間にかパンを食べ終わっていた。俺は残り少ないお茶を飲み干して立ち上がった。
「なに、どこ行くの?」
「食べ終わったから、もう教室に戻ろうと思って」
「ダメ、座って」
優月が自分の隣を叩きながら俺に言った。
「生徒たちに見せるためにわざわざここまできて一緒に食べたのに、周が私を置いて行っちゃったら、みんなどう思うと思う?」
「細川は先に食べ終わって帰ったんだって?」
「違うでしょ。こんなにかわいい彼女を置いて一人で行くのを見て、あの二人本当に付き合ってるのか?って疑われるに決まってる」
「えー、まさか。二人でご飯まで食べたのに、そんなことで疑うなんて、あり得ない」
「全然ありだよ。だから早く座って」
優月が早く座れと言わんばかりに、俺が座っていたところをパンパンと叩いた。
「はあ、恋愛ってマジでうざいね。わかった。君が全部食うまで待つ」
結局俺は仕方なくまたベンチに座った。俺がベンチに座るのを確認した夕月は箸を取ってまたご飯を食べ始めた。特にやることがなかった俺は、黙ってご飯を食べる優月の横顔をじっと見つめた。
「あのさ、私がかわいいから仕方なくとしても、食事中にあんなにジロジロ見られたら困るんだけど」
「ごめん、退屈で」
「じゃこれでも食べる?」
優月がブレザーのポケットからチョコレートを取り出した。そしてそのチョコレートを俺に手渡した。
「私のデザートだけど、彼氏だから特別にやるね」
「ありがたいが、これ俺が食べてもいい?」
「うん、二個あるから」
優月がポケットからもう一個のチョコレートを取り出して微笑みながら見せた。
「じゃお言葉に甘えて」
俺は優月にもらったチョコレートの包み紙を破り、一口かじった。チョコが舌に触れた瞬間、今まで感じたことない甘さが口の中に広がった。
「なにこれ、甘すぎっ」
「私甘いもの好きなんだ。もし周は甘いもの嫌いだった?」
「いや嫌いではない。ちょっと甘すぎて驚いただけなんだ」
そう言って俺はまたチョコをかじった。やっぱりめーっちゃ甘かった。
「ごちそうさまでした」
チョコを半分ほど食べたころ、優月はお弁当を食べ終わった。彼女はお弁当を片付けて、チョコレートを手に持ってベンチから立ち上がった。
「じゃ教室へ戻ろー」
「え、チョコは?」
「これ? これは歩きながら食べるのよ。いや、周とここで一緒に食べようかな」
「いや、今行こう。俺も歩きながら食べる」
これ以上ここにいるのは結構だった。
俺は慌ててベンチから立ち上がった。俺は優月とめーっちゃ甘いチョコを食べながら教室へ戻った。
「そういえば、あれ聞いてみた?」
「なにを」
「普通の恋人ってなにをするのか」
「あ、忘れてた。今日友達に聞いてみる」
「うん」
「ちなみにそれ全部やるからね。覚悟しといて」
「わかっ・・・ってちょっと?! なんでやらないといけないんだよ」
「本当の恋人っぽく見えるためだよ。普通の恋人みたいにいろんなことやって、友達に「ああ、最近彼氏がさ」みたいに愚痴った方が、もっと恋人っぽく見えるから」
「それなら本当にやらなくても、俺たちが口裏を合わせば」
「それは設定とか背景とか、色々考えるの面倒臭いんだもん。あと嘘はリアルさが足りないし、本当にやる方がずっと楽だから」
優月が食べ終わったゴミをゴミ箱に投げた。そして俺に手を振りながら廊下を走っていった。
「じゃあ楽しみにしててね〜周!」
「ちょっと!」
俺は慌てて優月を呼んだが、聞こえなかったのか、ただ無視したのか、彼女は教室に入ってしまった。
まだ付き合ってから一日目なのに、なんかこの先、面倒くさいことがいっぱい起きそうな気がした。
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