第5話 私に聞きたいこととかない?

 翌日。俺は朝っぱらから眠い体を電車に乗せて、優月との待ち合わせ場所に行っていた。


「俺がなんで休日の朝九時から起きて、デートに行かないといけないんだよ」


 幸い電車には人がそんなに多くはなかったが、よりによって座る席が全部埋まっててドアの側に立っていた。


「ファー眠い。ベットで寝たい」


 眠すぎて思わずあくびが出た。眠い体で電車を乗ると、なぜか酔いそうになった。


「朝食べなくてよかった」


 理由はわからないが、優月に朝は食べずにきてと言われて食べなかったが、もし食べたら大変なことになりかけてた。危うく電車で朝食べたもの全部吐くところだった。俺は少しでも抑えるために、窓の外を眺めた。都心の風景が高速で窓を通り過ぎていった。


「はあ、家に帰りたい」


 休日にデートなんて。恋人同士なら当然なことだとしても、マジで行きたくなかった。


 いや、そもそも俺たちガチで付き合ってるわけでもないじゃん。なのにここまで頑張って恋人フリする必要ある?


 とふと思った。

 体調悪くて行けない、と嘘つくか真剣に悩んでいた途中、突然ポケットの中からスマホのバイブが鳴った。


「これ絶対優月だ」


 見なくてもわかった。だってこんな朝っぱらから俺に連絡する人なんて、一人しかいなかった。俺は思わずため息を吐きながらポケットからスマホを取り出した。

 通知が三個来ていた。全部優月からのメールだった。


『出発した?』

『私はもう着いたよ〜』

『周はいつ到着するの?』


 メールを読んだ俺は、顔を上げて路線図を確認した。


「今ここだから、あと二十分か。はあ、遠いな」


 デートするって言われた時は、家の近くで会うと思ってたのに、まさか待ち合わせ場所をこんなに家から離れた都心にするとは全然思わなかった。しかし今さら後悔してももう遅い。メールも既読しちゃったから、素直に優月の言うことを聞くしかなかった。


『あと二十分』


 と優月に返信した。するとすぐ返信が来た。


『OK』

『早く来て』


『わかった』


 と返信し、スマホをポケットに入れた。そしてまた窓の外を眺めた。

 こうやって何も考えずにじっと窓の外を眺めていると、電車が駅に着いた。


「え、ちょちょっと」


 降りる駅に着いたってことを後に気づいた俺は、慌てて電車を降りた。俺が降りると同時にドアが閉まり、電車はあっという間に駅を離れた。


「危うく降りれなかった」


 額の汗を拭いながら、ポケットからスマホを取り出して優月に電話をかけた。


「あ、もしもし」


 ごく短い着信音が途切れ、スマホの向こうから優月の声が聞こえてきた。


「周? 到着した?」

「うん、到着した。どこにいるの?」

「東改札で待ってるから早くこっちにきて」

「わかった」


 俺は電話を切って階段を上がっていった。そして東改札と書いてある表紙版について歩いてると、遠くから灰色の髪の毛が見えてきた。


「あっちか」


 優月を見つけた俺は改札口を通り、彼女に近寄って声をかけた。


「お待たせ」


 私服姿の優月は初めてだった。白いスカートに黒い半袖。小さいトートバックを肩にかけていた。制服姿とは雰囲気が違った。でも可愛いのは変わらなかった。駅を通り過ぎる人たちが横目でちらっと見た。


 俺、デートなのに地味すぎるかな。


 こうなると知ってたら・・・、いや知ってても俺はこんな格好できたんだろう。服選び面倒くさいから。


「周、あんた遅刻だわ」


 優月が腕組みをして俺を睨んだ。


「十時に待ち合わせることにしたのに、今、十時二十分だよ」

「え、そうだったっけ」


 そういえば、昨日メールで十時まで来い、と言われたような気が・・・。


「ごめん」

「まあ、でも途中で帰らずにちゃんときたから許してやるわ」

「ありがとう」


 途中で帰ろうか、ちょっと悩んだんだけど、あえて言わない方がいいだろう。


「さあ、もう行こー」

「どこへ?」

「デートに決まってるでしょ」

「え、優月デートのやり方知ってるの?」

「そりゃ当たり前でしょ」


 意外だった。優月も恋愛は初めてだって言ってたのに。


「昨日ググってみたわよ」


 優月が誇らしげに胸を張っえっへんとした。


「デートからって、大したことでもやるかと思ってたのに、むしろ普通すぎてガッカリしたわ。普通にご飯食って、映画とか見て、公園や二人で居れる場所でおしゃべりしたりするんだって」

「それって友達と遊ぶのと何が違うの? 同じじゃない?」

「・・・・・・・・・」

「あの優月・・・?」

「言われてみれば、そうだねッ!」


 ・・・マジか。マジで知らなかったのか。


「全然気づけなかった。それじゃ友達と恋人ってなにが違うんだろう」

「俺に聞かれてもわからない」

「ふーむ、あ、でも一つ違うのある」

「なに」

「それは」


 突然何かが俺の手を握った。


「こうやって手を繋いて歩き回るんだって」


 優月が笑顔で恋人繋ぎをしている俺の手を見せた。


「ちょちょっと待って」


 俺はびっくりして手を離した。いくら俺でもいきなり女の子に手を繋がれたら、びっくりする。


「いいいいきなりなんで手を」

「普通の恋人はみんなこう手を繋いで歩き回るんだって。だから私たちも恋人っぽく見えるためにはやらないと」

「ここは学校の子もなさ


「念のためだよ、念のため」

「いくらなんでもわざわざ手を繋ぐ必要は」


 優月が俺が慌てる姿を見てニヤッと笑った。


「それとももしかしてキュンとした?」

「は?!」

「まあわかるわかる。こんなに可愛い子に急に手を繋がれたからドキッとするのも無理もないわ」

「そういうのじゃない」

「じゃ別に手繋いでもいいじゃん」

「それは・・・」


 反論が思いつかなかった。


「じゃあ手繋いて歩くのよ」


 優月が俺の手を繋いだ。


「私が全部準備したから、周はただついてきて」


 優月が俺の手を繋いだまま、先頭に立って人混みをかき分けて前に進んだ。俺は優月に引っ張られながら、彼女の背中をついていった。


 柔らかい。


 実は小さい頃と、家族を除いて女と手を繋ぐのはこれが初めてだった。初めて繋いだ女の手は柔らかくて暖かった。


「さあ、着いたわ!」

「ここは」


 ぼーっと優月の後をついて到着した先は他でもないある喫茶店だった。


「花より団子、まずは飯だわ」


 だから朝は食べずにきてって言ってたのか。


「昨日ネットで調べてみたらここが美味しいって言ってたわ。特にここのプリンがマジで美味いって」

「俺たちここに飯食いにきたわけじゃなかった? プリンをご飯にするのはちょっと」

「プリンはデザートに決まってるだろ。ちゃんとご飯食べてプリン食べるから大丈夫。さあ早く中に入ろう」


 優月は俺の手を離さないまま店の中に入っていった。


「いらっしゃいませ」


 店に入ると、店の制服を着た店員さんが俺たちを迎えてくれた。


「何名様ですか」

「二人です」


 店員さんの問いかけに、優月が指で二を表しながら返した。店員さんは優月と俺を一度見て、席に案内してくれた。俺たちは案内してもらった席に向かい合って座った。ちょっと待てると、店員さんがすぐメニュー表を持ってきた。二個持ってきてくれたおかげで一つずつ別々に見ることができた。


「何を食べるかな〜何を食べるかな〜」


 優月が鼻歌を歌いながら楽しげにメニュー表を見た。


「これも食べたいし、これも食べたいし、あ! これも」


 何を見てああ言ってるのかわからないけど、あのテンションで推測するとデザートの話のようだった。


「私は決めたわ。私、ナポリタン」

「プリンは?」

「それは食べた後に頼むわ。周は何食べるの」

「俺は」


 何を食べるか簡単に決められなかった。ちょうど腹も減っていたところで、どっちも美味しそうだった。


「俺はオムライスでする」

「わかった。すいません」


 優月が店員さんを呼び、俺の分まで頼んだ。店員さんは手帳に俺らの注文を書いて再び確認した。


「オムライス一つとナポリタンでしょうか」

「はい」

「はい、確認しました。少々お待ちください」


 そう言って店員さんは去った後、俺と優月の間には気まず静寂が流れた。俺は息苦しい気まずさにグラスの水を一口飲んだ。


 こういう時何を話せばいいんだ。俺は静かにいるのがいいんだけど。


 どうするべきか考えながらグラスをテーブルに置いた。


「周ってさ」


 そんな中、優月が口を開いた。


「私に聞きたいこととかない?」

「どういうこと?」

「いや、先に話しかけるのはいつも私だし、周は私について聞かないじゃん。私について気になることはない」

「特にない」

「私に関心がなさすぎだよ。もちろんそのた


「急にそう言われても」


 気になること・・・気になることか。


「あ、このあとは何するの?」

「それは私に対する質問じゃないでしょ。はあ、まあいいか。このあとには」

「お待たせしました。こちらご注文のオムライスとナポリタンです」


 優月が答えようとした瞬間、店員さんが片手にはナポリタンを、もう一方の手にはオムライスを持ってきた。店員さんは注文通り、オムライスを俺の前に、ナポリタンを優月の前に置いた。


「残念〜。料理が出ちゃったから答えられないね。周はただ楽しみにしてて。きっと楽しいよ」


 優月がフォークを持ってナポリタンを巻いて口に運んだ。


 まあ別に構わないか。


 そんなに気になったわけでもないし。俺はスプーンを持ってオムライスをすくって口に入れた。

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