第5話 クエストオーディション!!
「……ですから、あのぉ」
受付のお姉さんは困り顔ながら微笑みを絶やさず何度も同じ説明を繰り返した。
「だーかーらー! なんで特急魔導士じゃなくてこっちの素性も知れないただの男を優先するのって話なの! この街のためにも私みたいな特級魔導士が冒険者登録した方が良いでしょう? 受付のタイミングもほぼ同じだったんだし!」
……そしてエミルもその度に同じ言葉を繰り返した。そして俺も何度目かのため息をつく。
「ほぼ同じじゃねーから。俺より結構後に来てるからな?」
「小さい事言ってんじゃないわよ男のくせに」
「なっ!! お前な! 男のくせにとか女のくせにとかもう古いんだよ! んな事言ってると時代に置いてかれちまうぞ!」
「なんの話をしてるのよ? 意味わかんない。意味わかんないから、あんた身を引きなさいよ」
「やだね。やだねったらやだね」
俺はお姉さんの手元にある受付の用紙を奪おうと手を伸ばす。
「あー! だめだめだめ! それ私の!」
「別にお前のじゃねーから!」
「じゃあ、あんたのでもないじゃない!」
阻止してくるエミルと紙の取り合いになる。お姉さんは後ろに身を引いて愛想笑いを浮かべた。
もう俺たちの周りでは冒険者たちの賭けが始まっていた。
どちらが冒険者になるか。
先に来ていた俺か、特急魔導士のエミルか。配当率から見ても俺の方が有利だ。
ギルドに忖度はない。今回の件でそれがわかった。
しかし、
「では! クエストで決めるのはどーでしょう?」
お姉さん個人の忖度はあった……。
――――――――――――――――。
俺とエミルは二人並んで、街から離れた草原に立っていた。
「まったく。スムーズに登録できると思ったら、とんだ足踏みだわ」
エミルはさっきからぶつくさと文句を言い続けている。わざとこちらに聞こえるような音量で言ってくるから始末に負えない。
お姉さんが提案したのは「クエストの達成率勝負」だった。
互いに納得する形で話を終えるには、勝負をしてどちらが冒険者に相応しいかを決めるしかない。
との事だった。
まぁ、良いんだけど……それで配当率が逆転するのは心外だった。
おかげで賭けはやり直し。
そして、今度はほとんどがエミルに賭けていた。
俺に賭ける酔狂な奴もいくらかいたがそいつらは総じてギャンブル狂のような面持ちで、こっちは完全に大穴扱いだ。
「後から来たくせに、なんでこんな目に……」
俺はひとりごちる。
負けるつもりはさらさらないが、勝ってもきっとこのめんどくさい女に付きまとわられるに違いない。
なんか、しつこそうだし。めんどそうだし。うるさいし。
想像するだけで辟易する。
「そろそろ時間ね……」
エミルがショートステッキを握りしめて前方を睨む。
俺もナレッジを出した。
「何それ? 魔導書?」
「ん? あぁ、そんなとこ」
「珍しいわね。魔導書を持って魔法を使うなんて。杖の方が威力増すのに」
「うーん。俺にとってはこれしかないって言うか。まぁ、いいだろ別に」
「ふーん。こだわりね。それは大事なことだわ」
珍しくエミルが認めてくる。こんなどうでも良いこと認められてもなぁ。
「来た!!」
言下にエミルがステッキを振る。
すると、光の網が前方に広がっていき、森から現れた無数の生物を覆った。
「ゲットー! こりゃ楽勝だわ!」
光の網が丸まり、草原に転がる。中では小さなスライム状の生物がうごめいていた。
この生物の名は「スライムもどき」というらしい。
俺たちのクエストはそのスライムもどきの駆除。
それぞれに意志を持つスライムと違い、たった一つの本能のまま全体で動く単細胞生物であるスライムもどき。
今回、この森から幾度となく現れるやつらは「食事」のためだけに動いていた。
おかげで街の農作物が荒らされ放題。
一匹の威力はないが、数が多すぎるため対処しづらい。
こういうのは長い時間かけて駆除するそうなので、今回の俺たちはその一端しか担っていない。
よって大した責任もなく、報酬をもらうことが出来るお手軽クエストってわけだ。
「気合入んねーよなぁ」
バンバン駆除していくエミルをチラ見しながら、俺はパラパラとナレッジをめくる。
ゲットー! ゲットー! と隣で嬉々としながら叫ぶ少女はもう勝った気でいるだろう。
いやー、しかし本当に時間がたてばたつほどこのエミルというやつの本性がわかるなぁ。
自分勝手で感情屋で自信家。
この三つを金髪赤目の美少女に貼っつければエミルの完成だ。
「やれやれ」
俺は嘆息した。村上春樹バリに嘆息して目をつむった。
「索敵陣。散!」
瞼の裏に白黒の景色が広がる。見る、というよりイメージが直接脳内に叩き込まれる感じだ。
その中で俺は一匹のスライムもどきに焦点を絞りポイントをつける。
すると、俺の中に広がる景色に無数の赤い点が現れた。
それを今度は俯瞰モードに変更して広範囲、言わば森全体をサーチする。
「……やっぱり、あった」
赤い点が生まれてくる場所。それは森の中枢に位置していた。
目を開けてまたページをめくる。見つけた。
再度目を閉じ、俯瞰モード解除。そしてスライムもどきが現れる場所を直接脳内に映す。
「瞬間移動!」
唱えた瞬間に俺は少しばかりの浮力を感じる。
そして目を開けると、俺は白黒で見たスライムもどきの発生場所に立っていた。
一度、見た場所に一瞬で移動できる魔法と、遠くを見るクレヤボヤンスをミックスさせた技だ。
物語を飛び越えて能力を使うとこんなことも出来る。
同時に魔法が使えることも分かったし、こっからは何より状況に応じて能力を組み合わせる頭脳が肝心になってくるな。あまり自信がないけど。
「そしたらっと」
俺は魔法剣エスタードを具現化してナレッジを閉じる。
この剣の能力を引き出すには両手で持つことが重要だ。鍛錬を積めば片手でそれ以上の能力を使えるのだが、いかんせん15巻以上の時間がかかってたからな。俺にはそんな時間もない。
つまり、俺が使える物や能力は全て覚えたて、登場したての初期値のままという事だ。
最強必殺技なら覚えたてでも最強の能力なんだけどな。
なので、ファイアボールも物語別で威力が違う。
というわけで、このナレッジは割と面倒が多い能力だ。
「こんな事調べずにさっさとギルド行ってたら今頃はきっと……」
いや、その先は言うまい。全て、情報をくれなかったあの神の使いが悪いのだ。
「んじゃ、さっさとすませましょうかね」
さっきから漆黒のオーラが自動でスライムもどきを倒してくれているのだが、おれはそれを解除して自ら剣を振りつつ前に進む。
――――――――見つけた。
岩場の陰に隠れて描かれた小さな魔法陣。直径1㎝ほどの小さなそれは、アメーバ状のスライムもどきをニュルっと出しては光り、出しては光りを続けていた。
「まるで蛇口だな」
こんなの肉眼じゃ見つけられない。
誰が何のために設置したのか知らないが、明らかに作為的なものだ。
「ほらよっと」
ガッと俺が魔法陣を切りつけると、スライムもどきが中途半端に飛び出た状態で止まった。
「あとは……」
黒いオーラで魔法陣を塗り固め、そのままオーラを圧縮させる。
すると、そこには魔法陣部分だけごっそりと削られた跡が残った。
「これで一件落着だな」
剣を消して、ナレッジを取りだすと再び俺はエミルの元へ戻る。
「あー! あんたどこ行ってたのよバカ!! てっきり試合放棄したかと思って若干、虚しくなっちゃったじゃない! ってゆーかちょっとこれキリがないんだけど!」
戻った瞬間に怒鳴られる。確かに一人でこれをやるって結構虚しいもんがあるよな。
「大丈夫だ。キリは出来たから」
俺は言下にナレッジを広げてページをめくる。
「あとはさっきポイントをつけたスライムもどきを数珠つなぎで捕獲すれば……」
目をつむり、俯瞰モード。赤い点を全て確認したところで新たな魔法を唱える。
「バインド!」
「え?」
隣で呆気にとられたような声が響くが、気にしない。
目を開けると、俺の目の前には巨大なスライムもどきの山が出来ていた。
それぞれが黒い線でつながっており、ギュッとひと固まりにされている。
「オーラバリア」
もひとつおまけにその周りをオーラの結界でコーティングする。
すると、ようやくスライムもどきの動きを止まった。
パタン。とナレッジを閉じる。
「はい。俺の勝ちー」
一目瞭然。
俺たちの目の前にある巨大な山はエミルが捕獲したそこら中に転がっているスライムもどきの玉を集めたって半分にも届かないだろう。
勝負あり。
これで俺は晴れて冒険者の仲間入りだ!!
……だよな?
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