転校先で起きた悲劇

転校というものはものすごく面倒臭いものであり、可能であればしたくないものである。あくまで私は、だけれど。

水城葵衣みずきあおいです。よろしくお願いします」

5月中旬、何とも言えない微妙な時期に転校してきた私にこれからクラスメートになる人達が刺すような視線を向けてくる。1年間かけて積み上げてきた友達としての関係性、そして仲良しグループ、それらを一瞬にして崩し新しく関係性を構築させる可能性のある転校生の私。

分かる。もうすっごく分かるよ。新しい関係性なんて不要だよね。うん。だってもうとっくのとうに生徒それぞれの世界観は出来ているわけだし、その世界の中で出来たルールが、私という存在が入ることにより崩壊するかもしれないしね。

えー…私、破壊神か何かですか?

「水城の席は、あそこだ」

担任の声に零れ出そうになった溜め息が引っ込んだ。担任の指先を目で追えば、転校生にはド定番の教室窓際一番後ろの席。そこが私の席らしい。その席に向かう中でもチクチクと刺さる視線が痛い。動物園のパンダ、いやキリン、それとも他の何かになった気分だ。

「(餌をくれたら愛嬌ふりまきますよー)」

なんてね、とまだ始まったばかりなのに襲ってきた疲労感からか思考回路が変な方向にベクトルを向けている。餌は可能なら高級なお肉とかお寿司とか、一房数万円する葡萄とか、まあ高級なら何でもいいなあ。

机に頬杖を付きながら、窓の外の景色に視線を向ける。青々とした緑の葉が揺れている。今日は風が強い。木の枝から離れた葉が空に向かって勢い良く舞い上がった。

「(そう言えば…)」

ふと思い出したのは2年前ほどの出来事だった。その日も同じように風が強かった。だけど今日みたいに晴天ではなくて、大雨だった。外に出れば一瞬でずぶ濡れになるくらいの大雨。誰かが表現し始めた、バケツをひっくり返したような、という言葉がぴったりなくらいの大雨で、そんな日に私はーーー……。

やめようと開きかけていた思い出の箱に蓋をする。私から言ったんだ。


【 お互い、何もかも忘れた方がいい。 】


「ねえ」

気付けば朝のホームルームは終了していたらしい。すぐ真横から聞こえてきた声に少し驚きながら顔を向けて、更に驚いた。驚きすぎて声も出ず、何かを紡ごうとした唇が微かに震えただけだった

「俺のこと、覚えてる?」

「……………………」

にっこりと満面の笑みを浮かべて私の傍に立つ男に開いた口が塞がらない。この男はこんな口調で、こんな風に可愛らしく笑うような男だっただろうか。いや違う。こんな口調でも、こんな笑顔も、私は知らない。何も知らない。

「だ、誰でしたっけ……」

口内が戸惑いからか乾燥している。自分の頬もかなり引き攣っているのが見なくても分かる。教室内がざわついているのはこの男のせいだろうか。ならばさっさと私の目の前から消えてくれ。お願いだから。

苦しくも出た私の言葉が気に入らなかったのか、男の笑顔が黒くなった気がする。私にだけ聞こえるようにか、顔を近付けてきた男がその笑顔のまま口を開いた

「おい。」

「……………………」

「俺は忘れてねーぞ。」

……これは、悲劇である

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