第41話_渡り廊下の足音

 昼休みを過ぎても、校舎の空気は重かった。食堂から戻る生徒たちの声が一時的に廊下を満たしても、すぐに沈んでいく。幸星たちは点検の続きをするために、理科棟と本館をつなぐ渡り廊下へ向かった。

  渡り廊下は両側がガラスで、曇り空を透かす。床は古い木材で、足を踏み出すたびに鈍い音を返す。昼光が均一に差し込むが、影は濃くない。遠くで運動部の声が響き、一定のリズムで切れていく。

  「順に確認していく。揃って進む」

  幸星の声に従い、凛音、亜衣、航大、凌が後ろに並ぶ。ブレンダンとアナリアはそれぞれ日誌と付箋を持ち、列から半歩下がって歩いた。

  一行が廊下の中央に差しかかったとき、“コツ、コツ”と別の足音が重なった。列の誰も歩幅を変えていない。だが幸星の耳に、確かに一歩余分な音が混じる。

  「止まる」

  合図と同時に全員が足を止めた。

  沈黙の中、足音だけが二度、続いた。だが姿はなかった。廊下の前後には誰もいない。

  亜衣が眉を寄せ、床板を見下ろす。木目の境で線を引くように視線を動かし、「板ごとに境」と短く告げる。

  凌が即座にしゃがみ込み、足で床板の幅を一枚ずつ押さえた。凛音は指で「数えるな」と示す。数を振れば相手の存在を固定してしまう。

  航大が静かにノートへ記す。

  『足音→数=不要

  板=境/動き=遮断』

  その瞬間、“トン”と強い音が響いた。列の後ろ側、誰も踏んでいない板が沈み、また戻る。ブレンダンが顔を上げ、息を吸うが、声にはしない。幸星は後方へ半歩戻り、自らの靴底で沈んだ板を押さえた。再び音は止まる。

  「ここから先は二人ずつ」

  凛音が提案する。長い直線を全員で進めば、足音が混ざる。二人なら境を確かめやすい。

  幸星と凛音が先に進み、亜衣と航大が続く。凌は最後尾で両側の窓を睨み、カーテンや桟に異変がないかを確認した。

  渡り切ったとき、廊下の外から部活動の掛け声がまた響いてきた。規則的で、人の姿も見える。先ほどの余分な足音は、跡形もなく消えていた。

  ブレンダンは最後にノートへ書く。

  『足音=外へ流れず/廊下内に留まる

  分割進行=有効』

  アナリアは付箋に『次回→廊下は二人単位』と残した。

  全員が本館側の扉を抜けた瞬間、背後の廊下に再び“コツ”と一音だけ鳴った。だが振り返らない。

  沈黙の中、彼らは次の点検場所へ歩き出した。

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