第21話_屋上庭園の一回目
林間学校の宿舎の前で、
翌日の放課後、校舎の最上階へ続く階段は薄暗かった。窓はあるが、高さが腰よりも低く、光は階段の中腹までしか届かない。コンクリートの壁が両側に迫り、靴音は短く響いてすぐ消える。八人は列を組み、同じ間隔で段を上った。
屋上庭園への扉は金属製で、塗装は褪せている。凛音が鍵を差し込み、ゆっくりと回した。軋む音が一度だけ響き、扉が開く。外気が流れ込み、足元にひやりとした影を作る。
屋上は、昼間の太陽を浴びたあとの温もりをまだ残していた。プランターには緑の葉が並び、その間に土の湿りが見える。支柱には蔦が絡み、奥には青いジョウロが置かれている。
幸星は庭園の中央に立ち、全員の位置を確かめた。前に凌、中央に幸星と凛音、左右に亜衣と彩菜、後ろに航大。外周にブレンダンとアナリアが立ち、周囲の空と建物を観察する。
「今日は、一回だけ」
幸星の声は小さいが、全員に届く。
「目的は、“始まり”の感覚を作ること。昨日は“終わり”を作った。今日は逆」
凛音が昨日と同じ花瓶を取り出し、水を三分の一だけ入れてプランターの間に置く。亜衣がその周りの土を指でならし、小さな円を作る。凌は庭園の出入り口の横に立ち、風の通りを確認した。
アナリアは付箋を取り出し、『始まり=最初の視線を決める/屋上全体→一点』と書き、全員に見せる。ブレンダンはノートに『Start = Choose focus first』と記し、視線の位置をジョウロに決めた。
「目を閉じる。三呼吸」
幸星の合図で、全員がまぶたを下ろす。吸って一、吐いて二、肩の高さは変えない。三で静かに開ける。
開けた瞬間、色が鮮やかに押し寄せる。蔦の緑、ジョウロの青、土の黒。空はまだ明るく、雲の輪郭がはっきり見える。昨日の「終わり」のときとは違い、視界が奥へ向かって開いていく感覚がある。
航大が短く記録する。『始まり:3呼吸→全体鮮明/視線→ジョウロ固定』。彩菜は視界の周辺を意識的に広げ、ジョウロを中心に庭園全体を視野に入れた。
「もう一回。同じ位置で」
幸星が言い、再び三呼吸。今度は、最初の呼吸で全体を掴み、二呼吸目で一点へ、三で開く。ジョウロは同じ位置、同じ色。背景の緑が一層濃く見える。
亜衣が花瓶の水面を確認する。昨日のような揺れはない。水は静かに空を映している。
「変わらない」
彼女は指で小さな円を描き、安定を示した。
ブレンダンはノートに『Stable start / No ripple』と書き、ページを閉じた。アナリアは付箋に『開始=視線先固定/全体→一点』とまとめ、手帳に貼る。
幸星は最後に短く言った。
「今日はここまで」
全員が列を整え、屋上を後にする。扉が閉まる音が、階段の奥で静かに消えた。
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