後輩とマネージャーと先生と
翌日。いつも通り授業を過ごした梅たち三人は、また部室に集まっていた。目的は勿論、調査の続き。犯人候補が一人減り、調査は暗礁に乗り上げようかと言ったところで、梅はある有力な情報を手に入れた。というのも、
「零子先輩、彼氏がいるんだって! それがなんと、一年生の三村つよしくん!」
「年下の彼氏か。随分と大胆だな……」
「相川零子さんとは、どういった経緯で知り合いに?」
「三村くんは男バス所属で、零子先輩はマネージャーらしくて、そこで知り合ったみたい」
「へえ〜。よく知ってんなあ、梅」
「だって、三村くんと同じクラスだもん」
サラッと告げた梅に、風雅が「聞いてねえぞ!?」と目を丸くする。クラスメイトが誰かくらいは教えなくても当然では、と思いつつも、梅は雷花に目を遣った。雷花はぶつぶつと何かを呟きながら、俯いて考え込んでいる。だが何かを思いついたように顔を上げると、梅に問いかけてきた。
「もしかすると、事件に関係しているかもしれません。梅さん、今、その三村つよしくんがどこに居るか分かりますか?」
「ふふ、雷花くんならそう言うと思って……呼んでおいたの! どうぞ入って、三村くん!」
「お、お邪魔しま〜す……」
梅が閉じた扉へと呼びかけると、その扉がガラッと開く。引き戸を開けて入ってきたのは、まだ背の低い可愛らしい青年だった。ジャージに身を包み、赤い上履きでぽてぽてと入ってくる青年、もとい三村。梅が手招きして椅子を引いてやれば、彼は驚くほど素直にそこへ着席した。
純朴な好青年といった顔立ちをしている三村に、風雅はなぜかガンを飛ばしている。その視線の圧に、三村が少し怯えた。だがそんな様子などまるでお構いなしに、風雅の隣に座っていた雷花が口を開く。
「初めまして、三村つよしくん。僕は二年生の菅野雷花。雷に花と書いて雷花です。カッコよくて可愛いでしょう?」
「は、はあ……? 初めまして……」
「そして、こちらのいかにも人相が悪い男が北原風雅くんです」
「言い方ってもんがあるだろ! ……あ〜、二年の北原風雅だ。梅が随分と世話になってるみてえだな……?」
「は、はひ……っ!」
「ちょっとフカちゃん、態度悪すぎ! も〜……」
梅がぷくっと頬を膨らませて指摘すれば、風雅は渋々と言った様子で佇まいを直した。その素直さに梅はニッコリしつつ、風雅の隣に座る。圧迫面接のような様相を呈した光景に、三村が一段と体を縮こませた。
だがそんな三村を気遣うことなく、雷花は問いかける。
「それで、相川零子さんとは恋人関係のようですが……最近、彼女に変わった点はありませんか?」
「最近……って言われても、付き合い出したのがテスト明けてすぐなんで……まだ一週間も経ってないんです」
「付き合いたてほやほやってこと!?」
「では、彼女が中間テストを受けるまでは、あくまでも部活の後輩とマネージャーの関係だったと?」
「は、はい……零子先輩、男バスの男子が目当てというより、顧問の眞鍋先生目当てで来てたっぽくて……でもテスト明けにオレが告白したら、オッケーくれたんです」
そう言って、三村が恥ずかしそうに俯く。梅としては思わぬ恋バナにキャーキャーと黄色い声を上げたいところだったが、風雅と雷花の様子を見るにそうもいかなかった。
三村の証言に、雷花はまた考え込む。零子と三村にテスト以前の交流はなく、テスト勉強の体で何か細工をすることは考えにくい。また、テスト期間が明けるまで、零子は三村に気があるそぶりを見せたことはなかった。顧問の眞鍋先生、というのは確か数学の先生だったし、そちらの方が怪しいか。
考え込み、沈黙する雷花に、三村が居心地悪く慌てる。この空気は良くないかも、と梅はあえて口を開いた。
「ねえねえ、なんで三村くんは告白しようと思ったの? 零子先輩のどこが好きなの?」
「えっ!? えっと、それは……」
「それは?」
「……なんで、だっけ……?」
「えっ?」
予想の斜め上をいく回答に、梅は思わず目を丸くする。告白した理由が、好きになったところが分からない。そんなことがあるものか。好きなところがいっぱいあって言えない、ならまだ分かるが、三村の答えからしてそうではない。好きなところがどこなのか分からない、告白した理由すら分からないと彼は言っているのだ。そんなことはあり得ない。あるはずがない。好きな人の好きなところ、告白しようと思った理由なんて、何百個思いついてもまだ足りないくらいなのに───、
「───三村、話は終わったか? そろそろ練習始めるぞ」
「うえっ、あっ、はいっ!」
突然もう一つの扉がガラッと開いて、低い声が三村を呼ぶ。そちらに慌てて目を向ければ、袖の長いジャージに身を包んだ男性が立っていた。キリッとした鼻目立ちに逞しい体、それとメガネ。女子校ではよくモテそうな見た目をしている。梅はその男性に見覚えがあった。確かクラスの友だちが、とてもカッコいい先生だと話題に上げていた、
「おや、これは眞鍋先生。いつもお世話になっております」
「ん? ……菅野と北原か。復習プリント、進んでるか?」
「それは一旦置いておくとして。眞鍋先生、相川零子さんという方をご存知ですか?」
「相川? ああ」
都合の悪いことを避けて質問した雷花に、眞鍋はハッと思い出したように言う。そうだ、眞鍋先生だ。確か二年生の数学を受け持っていて、寡黙ながらにカッコよくて一年生の間でも話題になっている。直接見たのは初めてだが、なるほど確かに、これはカッコいい。クラスの友だちの評価にやっと合点が行った梅の前で、眞鍋はスラスラと続けた。
「一年次はよく補習に来てたな。単位が足りないからって、付きっきりで勉強を見たんだ。おかげで伸びたと言っていた」
「なるほど。相当親密な仲であると?」
「……誤解を招く言い方はやめろ。奥さんと子どもに悪い」
「えっ、眞鍋先生、既婚者だったのか!?」
「ああ。……もう良いか? 行くぞ、三村」
「はいっ!」
風雅の動揺もそこそこに、眞鍋は三村を連れてスタスタと部室を出て行ってしまった。
話題の中心が去り、部室に静寂が落ちる。だが梅は胸の高鳴りを抑えきれないまま、風雅に語りかけた。
「ねえ、あれが眞鍋先生!? ビジュが良くてメロいって話題になってた!」
「び……めろ……?」
「ビジュ、はビジュアルの略語。メロい、はメロメロになるほどカッコいい、という意味。つまり、顔が整っていてとてもカッコよかった、と梅さんは言っているんですよ。風雅くん」
「は……はあ!? 何言ってんだお前! 眞鍋先生は既婚者だってさっき聞いたろ!?」
「そうだけど、すごくカッコよかった! はあ〜、リアコになっちゃうのも分かるなあ……」
「オレはお前の言ってることがさっぱり分かんねえよ……」
乙女のように頬を赤らめる梅の横で、風雅は訳が分からないと言った風に顔を顰める。どの学年にも必ず一人はカッコいいと話題になる先生がいるものだが、男子はそういうものには興味がないのだろうか。
頬に当てていた手を下ろし、息を吐く。すると、雷花がまた何かを考え込んでいるのが見えた。あまり事件に関するヒントは無かったように思えたけれど、もしかして何かを思いついたのだろうか。そんな期待と共に梅と風雅が顔を覗き込んだ瞬間、雷花はパッと顔を上げて言った。
「この事件、解けたかもしれません」
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