疑わしきは
「まさかとは思うがお前……立花を疑ってるのか?」
「ええ」
「即答すんなよ……」
雷花のあまりにも清々しい返答に、風雅が呆れたように眉を下げた。
囲っていた生徒たちの間を抜け、三人は長い廊下を歩いていた。目指す先はもちろん、生徒会室。今はちょうど生徒会の活動が終わる頃だし、生徒会長である立花もいるだろうというのが雷花の見解だった。
だがそうだとしても、魔力の痕跡があったのだとしても、いきなりアポ無しで生徒会室に突撃するのはいかがなものか。それに風雅は、あの生徒会長が不正に関わっているとは到底思えなかった。そんな風雅の心中を察したのか、雷花が不思議そうに尋ねてくる。
「そう言う風雅くんは、立花いちご生徒会長を疑っていないのですか?」
「疑ってねえというか、疑えねえんだよ。だって考えてもみろよ? 立花は、一年の時から生徒会長やってるようなヤツだぞ? そんなヤツがテストの点数の改ざんなんてすると思うか?」
「彼女が昨年の夏、一年生にして生徒会長に選ばれたのは事実ですが、この件とは関係がありません。魔力の痕跡もありますし、彼女を疑うのは当然の行動かと」
「そうだけどよ……」
「わ、わたしも、いちご先輩はやってないと思うな」
「おや。梅さんもですか」
控えめに、しかし強かに主張してきた梅に、雷花は目を細める。やはり、風雅と同じように疑えないのか。風雅の学ランの裾を掴みながら付いてくる梅に、雷花は尋ねる。
「なぜそう思うのです?」
「だっていちご先輩、テスト期間に勉強会開いてたんだよ? 放課後に、各教科ごとに三時間も……そんなしっかりしてる人が、不正なんてするかなあ」
「勉強会? そんなのやってたのか?」
「うん! 女子はいちご先輩が、男子は……副会長の人が見てくれたんだって。わたしも一回だけ行ったけど、すごく分かりやすかったよ!」
「それは初耳ですね」
「お前も知らなかったのかよ……」
「ええ」と開き直るように堂々と返した雷花に、風雅は呆れてため息を吐いた。
そうこうしている内に、生徒会室が見えてくる。生徒会はちょうど終わった直後らしく、パラパラと人が出てきていた。大体全員が出終わったであろうというタイミングで、鍵を持った黒髪ロングの女子生徒が出てくる。青い上履きに真面目そうな表情、間違いない。生徒会長の立花いちごだ。こちらに気づく様子がまるでない彼女に、雷花は大きく手を振って声をかけた。
「すみません。生徒会長の立花いちごさん、少しお話が」
─────ギロッ。
雷花が名前を呼んだ瞬間、立花が修羅のような形相でこちらに振り向いた。かと思えば、生徒会室の鍵を律儀に施錠してから、ツカツカとこちらに歩いてくる。あまりの覇気に呆気に取られていると、至近距離までやってきた立花が低い声で雷花に告げた。
「下の名前はファンシー過ぎて好きではないので名字で呼べと言いませんでしたか?」
「? ああ、生徒総会の時に言っていましたね。しかし、何を恥じらうことがあるのです? 立花姓は清和源氏や大名立花家、岩手県北上市立花にあったとされる橘郷が由来とされる由緒正しき姓ですし、いちごという名前は可愛らしさや美しさを願って付けられることが多いものです。素敵ではありませんか」
「は……?」
「悪い、立花。コイツはいっつもこうなんだ。ごめんな」
「あ、ああ、北原くんですか。大丈夫です、お構いなく。それより、何のご用件で?」
「実は想魔のことで────」
「うわちょいちょいストップストップ!!」
遠慮なく切り出そうとした雷花の口を慌てて塞ぎ、そのまま立花から距離を取る。立花は不思議そうに首を傾げ、雷花はとても不満そうに睨みつけてきた。その視線も無理はないが、こうする以外に思いつかなかったのだ。口に当てている手の力を少し弱めれば、その隙間から雷花が不満を垂れ流す。
「何ですか、風雅くん。邪魔をしないでください」
「あのなあ、想魔とか魔法とかは、忘約者じゃねえヤツにとっちゃ御伽話と変わらねえんだよ! 普通に話題に出したって、変なヤツ扱いされて終わりだろうが!!」
「しかし、それらを捜査するのが僕たちの役目です。情報開示を制限する理由にはなりません」
「お前、ただでさえさっきの発言で怪しまれてんのに、更に上塗りなんてしたら話聞いてもらえなくなるぞ!? その方がよっぽど面倒だろうが!!」
「むむ……それは確かに、そうかもしれません。風雅くんもたまには良いことを言いますね」
「一言余計だ! ったく……」
渋々と言った様子で納得した雷花を連れ、風雅は立花の元へ戻る。立花は少し怪訝そうな顔をしながら、風雅たちに尋ねてきた。
「大丈夫ですか?」
「悪い悪い、何ともねえよ。それよりちょっと聞きたいんだが……この間の中間テストの数学で、お前なんかやったか?」
「勉強会なら開きましたが……それ以外は、特にしていません。何かありましたか?」
「いや、なら良いんだ。引き留めて悪かったな」
「はあ……?」
風雅の簡潔な物言いに、立花は小首を傾げながらも立ち去る。何か言いたげな雷花を手で抑えつつ、風雅は立花の後ろ姿に手を振って見送った。
しばらくして生徒会の全員がいなくなり、廊下がしんと静まり返る。そこでようやく手を下ろせば、制されていた雷花がこちらを睨みつけながら言った。
「風雅くん。あんな聞き方で聞き出せたと、本当にお思いですか?」
「やってねえっつってんなら、やってねえんだろ。クロ候補が一人減って良かったじゃねえか」
「まだ彼女への疑いは晴れていません。もっと話を……」
「わたしも、フカちゃんと同じ考えだよ」
「な……っ!?」
「ほら、これで二対一だ。どうだ? 諦める気になったか?」
「……仕方ありませんね。ここは、戦略的撤退を選びましょう」
どう見ても諦めていない顔をしつつ、雷花が引き下がる。風雅はそれに得意げな顔を浮かべ、雷花を引っ張って生徒会室を後にした。
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