同好会メンバーズ
「────ったく、いつもいつも、突拍子のねえことばっか思いつきやがって」
新入生オリエンテーションの一環、部活動紹介が終わり、部室へと舞い戻ろうという頃。ある一人の青年が、呆れた顔で声をかけてきた。大柄な体と、ツンツンした髪型、それから小麦色に焼けた健康的な肌がよく似合う青年だ。同じ青色の上履きを履いて出迎えたその青年に、雷花は小首を傾げながら返した。
「おや。突拍子のないこと、というのは心外ですね。きちんと届け出はしましたし、顧問の先生も一人確保しましたよ」
「そんなら尚更だ。まだ出来立てほやほやの癖して、あんな風に目立つ必要はなかっただろ」
「分かってませんねえ、風雅くん。部活にせよ同好会にせよ、大事なのは初動ですよ」
「だから、その初動がめちゃくちゃ過ぎるって言ってんだよ! 一年生、全員ポカンとしてたじゃねえか!!」
正論を言っている風に言葉を返す雷花に、青年────北原風雅は怒りの形相で返してくる。だがすぐに怒るだけ無駄だと悟ったのか、大きくため息を吐いた。
彼、北原風雅は菅野雷花の幼馴染である。故に互いのことはよく知っていて、雷花が意外にも頑固で人の話を聞かない性格なのも熟知していた。風雅は根っからのお人好しだが、やっても無駄なことには極力時間を割かない。風雅にとって、雷花に言い聞かせることは何の得にもならない無駄なことに他ならなかった。
「はあ……まあいい。言ってもどうせ無駄だろうしな。それより、どこ行くつもりだ? お前」
「勿論、部室です。入会希望者がいるかもしれませんから。風雅くんも来ますか?」
「行かねえ。なんで行かなきゃなんねえんだ。入会でも誘ってんのか?」
「ええ、それもあります。風雅くん、部活入ってないでしょう?」
話の途中で歩き始めた雷花に、風雅は少し面倒くさそうな顔をしながらもついてくる。そういうお人好しなところが彼の長所であり、短所でもあった。
雷花は迷いなき足取りで部室へと向かいつつ、話を続ける。
「部活動への所属は、その活動内容に関わらず、内申点にプラスされます。二年生になったんですから、そろそろ根無草のような生活から卒業したらどうです?」
「根無草とか言うな! 他の部活に助っ人として出るのに、練習だの何だのあったら幅が利かせづらいんだよ。だから入ってねえだけだ」
「ならば、尚更入会をおすすめします。想い出研究同好会は、活動の参加不参加は自由意志ですから」
「幽霊部員になるのを勧めてんじゃねえよ! つーか気になってたんだが、どんな活動するつもりなんだ?」
階段を軽やかに下がる雷花に、風雅が訝しげに問いかけてくる。確かに、その疑問も無理はない。想い出研究同好会、という名前だけで活動内容を推測するのはいささか困難だろう。
だが雷花はその問いには答えず、フロアを一つ下がって廊下を曲がる。口で説明するよりも、見せた方が早い。そう思いながら、昇降口近くの部室を目指した。風雅は不満そうな顔をしながらも、その後ろへ付いていく。
すると、部室の前に小さな人影があるのを見つけた。雷花は思わず立ち止まり、その姿を見つめる。赤い上履き、まだ新品の制服。整っていて可愛らしい顔立ちに、高い位置で結んだポニーテール。入部届を手に持ったその少女は、雷花と風雅がすぐそばに立っていることに気づくと、パッと目を輝かせて大きく手を振った。その少女に、風雅が目を丸くする。
「フカちゃん、雷花くん! おはよう!」
「う、梅!? お前、どうしてここに!?」
「入部届を出しに来たの! 部室、ここで合ってるよね?」
「ええ。入会希望者の一番乗りは梅さんですか。喜ばしいことです」
「梅、お前正気か!? 他にも部活あるのに、なんでここを選んだんだ!?」
風雅の言葉を選ばない物言いに、少女───飛田梅が不満げに頬を膨らませる。むむ、とむくれながら見上げてくる梅に、風雅は言葉を詰まらせた。
飛田梅。彼女もまた、雷花の幼馴染である。知り合ったのは風雅が先で、年齢は一つ下だが家も近所で仲がいい。今でもよく三人で遊ぶ仲だ。故に気心は知れており、梅は風雅をジト目で見上げながら言った。
「なーんも部活入ってないフカちゃんに言われたくない!」
「うぐっ」
「それに、わたしはこの同好会が良いから入るって決めたの! はい、入部届!」
「ありがたく頂戴します。折角ですし、部室を見て行かれますか?」
「良いの? 見る見る!」
「ま、待て梅、何をするかも分からねえのに決めるのは……っ!」
「フカちゃん、しつこい」
二度の睨みを受け、風雅が完全に沈没する。可哀想に、と思ってもないことを考えながら、雷花は部室の扉を開けた。
ぶわあ、と溜まりに溜まったホコリが舞う。雷花は眼鏡越しに目を細め、梅はけほけほと咳き込んだ。昇降口の近くということもあって、長らく使われていなかった場所なのだ。故にこのホコリの量も無理はないが、それにしたって清掃を怠りすぎである。雷花はホコリを振り払いながら部室へと入った。
中は至って普通の教室だ。少なめの椅子と少なめの机、ホコリを被った黒板。役立たずの掃除ロッカーに固く閉じられた窓、薄汚れたカーテン。そして何よりも目を引くのは、部屋の一角に集まった数脚の椅子と机と、そこでこんもり膨れ上がった布の塊だった。あからさまに不自然で、生き物のように微かに上下するその物体に、風雅が顔を顰める。
「……おい、ありゃなんだ? 誰かいるのか?」
「お、オバケ? それともタヌキ!?」
「どっちでもありませんよ、多分」
「ら、雷花くん、近づいたら危ないよ!?」
梅の怖がるような声には耳を貸さず、雷花は入部届を片手にその山へ近づく。そして、その山を成している分厚いブランケットを掴むと、容赦なく勢いよく引き剥がした。
その布の下にいたのは、女性だった。ボサボサのロングヘアに白衣、いかにも不健康そうな肌とギザギザの歯。首からネックストラップをぶら下げたその女性に、風雅が呆気に取られたような顔をした。
「……もしかして、先生か?」
「ええ。この同好会の顧問を務めてくださる、多治見先生です。先生、少しよろしいですか? 入部届を持ってきました」
「ん゛ん……なんだ……私は今ねむいんだ……」
いかにもやる気のない動きと態度で、女性───多治見が雷花から入部届を受け取る。だがそれを握った手はすぐ降下し、床スレスレに着いた。雷花はその姿を一瞥し、ブランケットを掛け直す。そして素早く風雅と梅の前に戻ってくると、にこやかな顔で言った。
「さて、先生もあの感じですし、活動内容は僕が説明しましょう」
「えっ、あれ、顧問の先生なの……?」
「そうみてえだな。オレのクラスの副担任でもある、多治見先生だ。確か、非常勤だったような……」
「なんだ北原ァ、何か言ったか」
「何でもないっす」
風雅のあからさまな誤魔化しは追求せず、多治見は夢の世界へと発っていく。見慣れない梅は少し怯えた顔をしているが、こればかりは慣れてもらうしかないだろう。
教室内の数少ない机と椅子を寄せ、向かい合わせの四角形を作る。黒板に向くように椅子を配置し、雷花はチョークを手に取って黒板の前に立った。着席を促せば、梅は驚くほど素直に座る。だが風雅は困惑したような、呆れたような目で雷花を見た。
「風雅くん? 座ってください? 活動内容を説明致しますので」
「いや、なんでオレも聞かなきゃなんねえんだよ。入らねえから良いだろ」
「いえ、君の入会は決定事項です」
「勝手に決めんな! 入らねえっつってんだろ!」
「えっ!? フカちゃん、入らないの!?」
「うぐっ! あっ、あ〜……その、だな……」
雷花の説得にはまるで応じなかった風雅が、梅の懇願に目を泳がせる。これでは陥落するのも時間の問題だろう。雷花は事が予想通りに運んだことを喜びながら、チョークを黒板に添えた。
「では、風雅くんも入会するということで。活動内容の説明をしましょう」
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