第八章:名を越えて継ぐもの

正式な承継は、会議室で行われた。


花もなければ、拍手もなかった。


神崎原 信一、三十五歳。


すでにシンガポール法人でグループ本体を救済した実績があり、財界では次期経済同友会入りと囁かれていた。


だが、彼は笑わなかった。


「私は、神崎原家を守るために継ぐのではありません。企業の未来のために、継がせていただきます」


佳代は、わずかに頷いた。


「ならば、継ぎなさい。“名”を、構造の入口として使い切るのよ」


—————————


それから数年。


信一は、急速に組織の刷新に取りかかった。


持株会社への移行。

子会社の統廃合。

外部経営者の登用。


だが、最大の決断は──


「神崎原グループを、一族から切り離します」


記者会見では騒然とした。


「名前まで、外されるのですか?」


「はい。これは“家”のものではない。“人”と“市場”のものです」


神崎原という名前は、企業から姿を消した。それはブランドの終わりではなく、権力の終焉だった。


だが、その企業は、アジア・北米・欧州で急速に存在感を増し、瞬く間に“世界企業”となった。


“あの名前”がなくなっても──人々は、彼の手腕を忘れなかった。


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