第18話 タロットは真実を示す

「…すみません?」彼女は、病院にいた時と同じくらい、柔らかく、優しい声で尋ねた。「無料の、占いですか?」

「ええ、もちろんですよ、お姉さん」俺は、マスクでくぐもった声で言った。立ち上がって、テーブルの反対側にスツールを置く。「評判を上げないといけませんからね。こんな…みすぼらしい店構えじゃ、お金なんて取れませんよ」俺はウィンクした。

「どうぞ、お座りください。知りたいことを心に思い浮かべて、カードを三枚引いてください」


俺の、親しみやすく、自虐的な演技は、魔法のように効いた。小さく、本物の笑みが彼女の唇に浮かぶ。「あら、誰にでも、始めの一歩はありますものね。わかりました、数分だけなら」

彼女は優雅に腰を下ろした。「私が、知りたいこと?」彼女はため息をつき、その瞳は遠くを見つめていた。

「ただ…私が、正しい道を歩んでいるのか、知りたいんです。私がしていることは、十分なのかどうか」

彼女は繊細な手を伸ばし、目を閉じたまま、三枚のカードを引いた。そして、それらを裏向きに置いた。


俺は、一枚ずつ、カードをめくった。

一枚目は、「隠者」。ランタンを持って山に立つ、孤独な男。彼女の完璧な写し絵だ。

二枚目は、「女教皇」。二本の柱の間に座り、何か大きな秘密を隠している女。彼女の隠された人生、その秘密の力。

そして、三枚目で最後のカードは、「恋人たち」。共に立つ、男と女。


それを見た瞬間、千代子はびくりと震えた。彼女は鋭く息を吸い込み、その瞳は、まるで痛みのようなもので大きく見開かれていた。彼女は、開いた傷口を見るかのように、そのカードを見つめた。

「あなたは、無私な方のようですね。他人のために、多くを犠牲にする人だ」俺は、「隠者」を指差しながら言った。

俺の手は、次に「女教皇」のカードへ移った。「おや、これは? 何か隠し事をしているようですね。ご心配なく、お姉さん。誰にだって秘密はあります。無理強いはしません。でも、それは、あなたが失ったもの、あるいは、ずっと昔にした取引と、関係があるように感じます」

俺の手は、「恋人たち」の上で止まった。俺は顔を上げ、彼女の目を見た。「あなたは、自分が正しい道を歩んでいるのかと尋ねた。でも、あなたはどこへ行こうとしているんですか? そして、その道の終わりに、何を見つけたいと願っているんですか?」


彼女は答えなかった。答えられなかった。ただ、カードを見つめ、テーブルの端を握りしめるその指の関節が、白くなっていった。

「…私は…私…」彼女の声は、喉が詰まったような囁きだった。一筋の涙がこぼれ落ち、彼女の頬を伝って、カードの上にぽつりと落ちた。

『完璧だ』ゲムちゃんが、俺の心の中で唸った。『ここに、俺が隠しておいたサイコスキャンがある。これで、貴様が今つついた痛みが、理解できるだろう』


サイコスキャン完了


ターゲット: 佐藤 千代子

年齢: 二十八歳

最も利己的な欲望: 普通の人生を送ること。結婚し、子供を育て、愛する人と共に老いること。決して手に入らないと、彼女が思い込んでいる、ささやかな幸せ。

魔法少女ランク: A+

最も深く、暗い秘密: 十年前、彼女の高校時代の恋人が、交通事故に遭った。彼は、死にかけていた。純粋な絶望の瞬間、彼女の力が初めて覚醒した時、彼女は「光」と契約を交わした。

彼女は、彼を救う力と引き換えに、自分自身の未来の幸せ、愛し、家族を持つ能力を、差し出したのだ。

彼女は彼を完全に癒やしたが、その契約は、彼女を魔法的に純潔にした。彼女の力は今や、彼女が孤独であることと結びついている。もし彼女が本当に恋に落ちれば、その治癒能力は消え去るだろう。

彼女の奉仕の人生は、彼女が愛した男を救うために、自ら作り上げた牢獄なのだ。そして、その男を、彼女は手放さなければならなかった。


情報が、俺の脳に洪水のように流れ込んできた。彼女の痛みは、ただの選択ではなく、彼女が自ら選んだ呪いだったのだ。

「お前が言ってた『光』ってのは、とんでもない野郎だな。そんな犠牲を要求するなんて」俺はゲムちゃんに思った。「もし彼女が闇に堕ちたら、彼女の力はどうなるんだ、ゲムちゃん?」

『光は、寄生虫だ』ゲムちゃんは、冷たく、勝利を確信した声で答えた。『それは犠牲を要求し、恐ろしい代償と引き換えに力を与える』

『我が力は、それを求めん。我が力は、利己的な欲望を糧とする。我が堕落が彼女を捉えた瞬間、彼女の魂にかけられた光の鎖は、粉々に砕け散るだろう』

『彼女が幸せを見つけても、その力は消えん。むしろ、より強くなる。彼女は、望むもの全てを手に入れることができる。彼女の愛、彼女の家族、そして、より偉大な治癒の力を。全て、彼女自身のために。彼女は、ついに、自分自身の壊れた心を、癒やすことができるのだ』


俺は、テーブル越しに手を伸ばした。単純な、慰めの申し出だ。千代子は、まるで俺の手が炎にでも包まれているかのように、びくりと身を引いた。

「いえ…やめて、ください」彼女は、かすれた声で懇願した。彼女は俺の手を、そして「恋人たち」のカードを、苦悶の表情で見つめた。

「私は、選びました。ずっと前に。これが…これが、私の道なんです。これで、十分でなければ。そうでなければ…」

彼女は、ぎくしゃくと、パニックに陥ったような動きで、椅子を後ろに引いた。彼女は、逃げなければならなかった。「私…行かなければ。占ってくださって、ありがとうございました」


俺は立ち上がり、冷静に、みすぼらしいテーブルを折りたたみ始めた。「ふう、もう結構遅いですね。俺も、今日は店じまいにしますかね」

俺の腹が、ぐう、と完璧なタイミングで、大きな音を立てた。「おっと、しばらく何も食べてなかったな。もしよろしければ、この哀れな占い師に、食事をご馳走していただけませんか、親切なお姉さん?」俺は、会釈をしながら尋ねた。

ミステリアスな霊能者から、腹を空かせた男への、俺の突然の変貌は、彼女を完全に混乱させた。

その要求は、あまりにも普通で、場違いで、彼女を武装解除させた。さらに重要なことに、それは彼女を、親切なヒーラーであり、助け手であるという、慣れ親しんだ役割に戻させた。

俺は、ただ助けを必要とする、「哀れな占い師」だった。そして、人を助けることこそ、彼女がすることだった。

「あら」彼女は、狼狽して言った。「わ、私…お腹が空いていらっしゃるんですの? そうですわね…ええ、もちろん。それくらい、お安いご用ですわ」


『見事だ』ゲムちゃんの声が、喉を鳴らすように響いた。『貴様は、彼女自身の親切心を利用して、彼女に首輪をつけたな』

「あ、豪華なものじゃなくて、安い食事でいいんですよ、お姉さん」俺は、自分の役を演じながら言った。「ところで、俺の名前は博人って言います。ちゃんとした仕事に就いたら、必ずお返ししますんで」俺は、彼女と共に歩き始めた。

千代子は、弱々しいが、本物の笑みを浮かべた。彼女の、助けたいという欲求は、彼女の痛みよりも強かった。「もちろんですよ、博人さん。それに、どうぞ、千代子と呼んでください。お返しなんて、必要ありませんわ」

彼女は俺を、小さく、古風な食堂に案内した。俺たちは、隅の静かなテーブルに座った。一瞬、気まずい沈黙が流れた。


「それで、博人さん」彼女は、会話を普通の状態に戻そうと、切り出した。「タロット占い師。それが、お仕事なんですの?」

『奴は、壁を元に戻そうとしている』ゲムちゃんが、唸った。『させるな。奴の平衡を崩し続けろ。答えるな。占いの話に戻せ。これが、普通ではないことを、思い出させろ』

「俺のやり方でやらせろ、ゲムちゃん」俺は、奴を遮り、心の中で言い返した。「俺は、彼女に正直になる。本当の選択肢を、彼女に与える。彼女には、それくらいの資格がある」

ゲムちゃんは、長い間、沈黙した。『…リスキーだ。よかろう。貴様の、その正直なアプローチが、どう転ぶか、見せてもらおうか、主よ』


俺は、カツ丼を大きく一口食べた。「まあ、昔はサラリーマンだったんですよ。でも、妻の看病のために、仕事を辞めましてね。彼女が亡くなるまで、何年も、病気だったんです」俺はため息をつき、遠くを見つめた。

俺は、他の少女たちにさえ話したことのない過去を語りながら、目から涙を拭った。「もし、妻がまだ生きていたら、千代子さんと同じくらいの歳だったでしょうね」


俺の話は、彼女に強く響いた。彼女の、礼儀正しい防御は崩れ落ち、彼女の核である、生の共感に取って代わられた。

「まあ…博人さん…」彼女は、息を呑んだ。「お気の毒に。それは、とても辛い経験でしたでしょうね。誰かをそれほど愛し、その人のために全てを諦めるなんて。誰も、そんなことをすべきではありませんわ」

彼女は、喪失と無私の愛という、共有された理解によって、俺との繋がりを感じ、自分自身の問題を、完全に忘れていた。


「ええと、飲み物も頼んでいいですか?」俺が尋ねると、彼女は頷いた。俺は、ウェイトレスを呼び止め、小さなお猪口二つと、熱燗のボトルを頼んだ。

俺は、二人分を注いだ。「でも、価値はあったと思います。もし、最後の時に、彼女のそばにいなかったら、一生後悔していたでしょうから」

「千代子さんは、どうです?」俺は、一口すすった。「何か、自分がしたことで、後悔していることはありますか?」

俺の質問は、彼女を、彼女自身の痛みへと、まっすぐに引き戻した。彼女は、小さなお猪口を覗き込み、小さく、ためらうように一口すすった。

「…後悔?」彼女は、ほとんど聞こえないほど、か細く囁いた。「毎日。そして、一度もありません」彼女の声は、静かだった。

「彼を救ったことは、後悔していません。もし同じことが起きれば、迷わずまた同じことをします。彼は、生きています。幸せです。今では、家族もいます…時々、遠くから、彼を見かけます。彼は、決して知ることはないでしょう。彼にそれを与えたことを、後悔はしていません」


彼女は、もう一口、今度はもっと大きく、日本酒をあおった。一筋の涙が彼女の頬を伝い、お猪口の中にぽちゃんと落ちた。

「でも、後悔しているのは…これです。この、孤独。彼の命の代償が、私自身の人生だったことを、後悔しています。博人さんが持っていたものを、私が決して持つことができないことを、後悔しています」

「愛する人のそばに、最後まで寄り添うという、あなたがした選択を、私が決してすることができないことを、後悔しています。だって、私には、愛することが、許されていないのですから」

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