原田左之助

「……全く、やってられないっすわ! 土方さんったら、いっつもいっつも怒ってばかりで……ホンットやってらんないっす!」


「同感だぜい! 土方さんと来ちゃよ。“原田、お前はいつも道草を食い過ぎだ。女にかまけてる暇があったら稽古に励め。"とかよ! うるせぇっての!」


「うふふ、原田はんったらモノマネがお上手でありんすね〜」


「へへっ! そうか? 俺も今日から鬼の仲間入りだなぁ〜!」


「あはは……」


 気づくと、俺と永倉、原田の3人は、普通に楽しく酒を酌み交わしていた。


 当初は、少し警戒もしていたけど、この2人の男は、ノリが良いしとても楽しい。


「平助の野郎も来れば良かったのによぉ!」


 原田は、そう言いながらお酒を一気に飲み干した。


 と、その時だった──。


「それで、芹沢さんの悩みってのは何なんすか?」


「え……?」


 急に永倉が俺に尋ねてくる。それに呼応するみたいに原田もこちらを向いてくる。


「……あぁ、そうだそうだ! いつもの調子でま~た土方さんの愚痴をこぼしちまったぜ! 言っちまってくだせぇ! 芹沢さん! 土方さんの愚痴なら俺ら、いくらでも付き合いやすぜ!」


「そ、そうか……」


 土方さんの愚痴……。まぁ、そうじゃないわけでもないか……。土方さん、がっつり絡んでくるし……。


「いや、その……死にたくないと思ってな」


 その言葉に永倉も原田も目を丸くしていた。この男は、一体何を言っているんだという感じだ。けどまぁ、聞いてくれるというのならここで多少漏らしてしまっても問題はないだろう。暗殺されるとか、そういう確信に触れるような事を言わなきゃ多分、歴史の流れ的には大丈夫だろうし……。


「……どうして、俺はここにいるのか? いつまで、ここにいられるのか? 最近、そんな事をずっと考えている。俺は、どうして今ここにいるのかってな」


「芹沢さん……」


 永倉の顔が、少しだけ暗くなった……様な気がした。心配をしてくれているのだろうか? 全く、本当に良いやつだ。新撰組の中で、コイツだけだよ。純粋に良いやつなのは……。


 と、内心ジーンときている時に


「芹沢さん、それって……」


 原田が何か言いかけた次の瞬間――。


「……こんな不味い酒が飲めるかよぉ!」


 急に隣の部屋から罵声と共に酒瓶の割れる音が木霊した。


「……!?」


 話の途中で、俺達3人は音のした方を見つめていた。一緒にいた女性達が、少し怯えた様子で近くに座っていた俺や永倉、原田の服の袖をぎゅっと握りしめていた。


 罵声は、まだまだ続いた――。


「……この俺を舐めてるのか? あぁ? この店は、この天下の大侍――藤川門左衛門(ふじかわ もんざえもん)様に、こ~んな安酒を飲ますのか? あぁ?」


「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ! おっ、御侍様……お許しを。この子は、まだまだ新人であります故、後でちゃんと叱っておきますから!」


 遊郭のあちこちから身なりの綺麗な女性達が次々集まってきて、男に頭を下げる。俺は、障子を少しだけ開けて遠くから永倉達と一緒に様子を見ていたが、男の顔は真っ赤で、既にろくな思考もできそうになかった。


 ダメだ。あれじゃあ、いくら謝っても……。


 直感的に分かる。男の暴走は最早、止める事はできないだろう。


「……ふざけんな! てめぇら、そこに並べ! ここで全員腹斬れ!」


「お、御侍様! それだけは! それだけは、ご勘弁を!」


 女達の必死の抵抗も虚しく男は、とうとう刀を抜いた。その大きな鉄の棒を振り回しながら男は、荒れ狂う。


「……ぶっ殺してやる! この俺を舐めてる野郎ども皆! お前もお前も……幕府の犬かぁ! 幕府のクソなんぞ、ぶった斬ってやらぁ!」


 店中の客たちも男の荒くれぷりに気づいたみたいで、皆が店から一目散に逃げ始める中、俺達は……。


「……なぁ、シン。あのべらぼう……」


「サノ、俺も今同じ事を考えていたところっすよ」


「……」


 永倉と原田のこの目、今までにないくらいの威圧感だ。す、すごい……。人が変わったみたいだ。今までは、近所の優しいお兄ちゃん的な目で見ていたけど、彼らもしっかりした侍なんだなと気づかされる。


 けど、俺も同じ気持ちだ。お姉さん達を困らせるあの輩を許しちゃおけねぇってね。前の自分ならこういう時は、見て見ぬふりをして逃げるけれど、今の俺は……新撰組筆頭局長、芹沢鴨だ。


「……永倉、原田。行くぞ」


「餅の論っす!」


「おうよ!」


「お姉さま方、すまないが我々、ちょっと野暮用ができたのでな。失礼するぞ」


 荒れ狂う男の元へ俺達は、向かっていく。敵は……暴れまわっている男が1人と、その側近の男が2人。


 3対3か。なら、大丈夫そうだ。なんと言ってもこっちには、無敵の剣と呼ばれた永倉と、後に新撰組十番隊組長の原田左之助がいるんだ。負ける気がしない!


「おい! アンタ!」


「あぁ?」


 おぉ、怖い怖い。しかし、今の俺は剣豪の芹沢鴨! こんな奴、恐るるに足らぬ!


「……そのくらいにしとけ。セミのようにミーミー鳴くのは」


「なんだと? 舐めやがって、斬ってやる!」


 男が向かってくる。手に持った太刀を一振り! 俺の脳天を真っ二つに切り裂こうとする──!


 ふふ、しかしこの芹沢鴨。この程度の攻撃は……。



「しねぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!」


「この程度は……」


「シャラァァァァァァァァァァァァァァァ!!」


「こ、この程度……」






 ……んん!? あれれ? おかしいぞ!? 永倉新八と模擬戦した時みたいに相手の動きがスローにならない!? いや、それどころか足がすくんで動けねぇ!


「あ、あばばばば!?」


「くたばれやぁぁぁぁぁ!」


 その男の剣が炸裂しそうになる。──寸前!


「おっと、危ないぜ? 芹沢さん!」


 後ろから原田左之助がグイッと俺の事を引っ張る──。


 間一髪で剣が俺の目の前に振り下ろされ、攻撃をかわす事に成功。


 ふぅ、危ない危ない。



 いや、それにしてもなんで? 永倉とやった時は、芹沢鴨の力が漲ってきていたのに……。



 これって?


「あいあい! 危ねぇぜ? 芹沢さん。アンタらしくねぇな。ボケーっとしちまって?」


「え? あっ、おう」


 我ながら間の抜けた返事だと思う。原田はそんな俺の目の前に立って背中を向けながら告げた。


「大将が出る幕もねぇ。ここは、俺1人に任せな! 良いだろ? シン!」


「あいっす。それなら今日は、俺は見学っすね」


 永倉は、そう答えると俺のいる場所へ来て、しゃがんだ。


「舐めやがって……。どいつもコイツも!」


 男は余計に激昂した様子で原田を睨む。それと同時に男のサイドに立っていた部下の侍達も剣を抜こうとする動作を取り出す。


「おい、原田1人に任せるのは流石に……」


 すると、そんな俺に向かって永倉は言った。


「大丈夫っすよ。……サノ!」


 そう言いながら永倉は鞘に収まったままの自分の刀を原田左之助に投げ渡した。


 原田は、それをキャッチするや否や物凄い低い声音で答える。


「おう……」


 一瞬だけ見えた原田の目つき……。なんだ? あれ。永倉の刀を握った途端に変わった。



 まるで、“猛獣"のようだ。


「たかだか、1人! この俺の敵じゃねぇ!」


 そう言いながら男が原田に斬りかかろうとする。その目にも止まらぬ斬撃のスピードに俺は、つい叫んでしまう。


「逃げろ! 原田!」


 いくらなんでも、無理だと思った。



 ──原田左之助。後に新撰組十番隊組長となる男。彼は、剣使いじゃない。槍の名手。


 むしろ、剣は得意じゃないとさえ言われている。今の槍のない原田じゃ到底3人を相手にするのは無理なんじゃ──。



 しかし、俺の心配はこの僅か一瞬のうちに水の泡と化す。


「グルアァァァァァァ!」


 男が原田を切ろうとした0コンマ数秒。その切先が原田の腹に当たろうとする直前に原田左之助の居合抜刀が、勢いよく男の胴体を切り裂く──。


 ブシャッ! と血が噴き出て男が倒れる中、原田は立っていた。


 その刀を握る姿は、血に飢えた猛獣。紅の雨が、より一層に原田左之助の凄みを強調しているみたいだ。


 隣の永倉が言った。


「アイツは、普段は剣は使わないっす。けどそれは、決して剣が苦手とかそういう理由じゃない。むしろ逆なんすよ。剣を握ったサノを止められる奴は、同じ浪士組の中でも殆どいないに等しい……」


 嘘……だろ?


「総司が、天武の剣だと言うならサノは、猛獣の剣。剣を握れば史上最強。ただし、理性はなくなるっす」


 これが……俺の知らなかった原田左之助の強さ──!?


 この直後、男の部下の侍達は恐れをなして一目散逃げて行った。


 原田は、そんな侍達を獣のように彼らを威嚇するみたいに睨んだ後、倒れている男へ刀を突き立てて……。


「サノ、待った!」


 既に死にかけの男を突き刺そうとした寸前、永倉が飛び出す。


「ぐああああ! ブルアアアアアア!」


 だが、原田左之助は止まらない。永倉が必死に彼を抑える。


 彼は、苦笑いをしながら言ってきた。


「強くて頼りになるんすけど、戦いの後が大変なんすよね」


「グルルルルルアアアア!!」


「悪いんすけど、サノを止めるの手伝って貰えます?」


「え?」


 ……なるほど。俺が原田左之助に狙われる理由が分かった気がする。



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