三日月
「あぁ……死ぬかと思った」
あの戦いの後、俺と新八は一緒に原田左之助の暴走を止めるべく、身体を抑えていた。新八曰く、原田から刀を取り上げる事で、暴走は収まるらしく、いつも原田の暴走を担当している長倉が俺に体を抑えるよう頼んだ後、彼はとても馴れた様子で、原田の荒々しい剣をかわしながら刀を取り上げる。
すると、途端に原田の暴走は収まっていき、彼はぐっすり眠ってしまった。
「……狩りを終えたライオンかよ」
俺のぼやきに長倉は、キョトンとした様子で「ライオン?」とこちらを見ていたので、俺は咳払いをした。
「……いや、何でもない。それよりも、これからどうするんだ?」
眠っている原田に視線を落としつつ、長倉に尋ねると彼は陽気な調子で告げた。
「……いやぁ、こうなってしまったら帰るしかないっすね。その場のノリとはいえ、サノに戦闘を任せちゃったのは失敗だったかなぁ」
「そう思ってるのなら初めから剣など渡すな……」
「あはは……。ごめんなさいっす」
と、俺達がそんなやりとりをしていると、十手を手に持った御代官様が階段を駆け上がってやって来る。
「……これは、一体何事であるか?」
うおぉぉ。すげぇ貫禄だ。あんな貫禄ある渋い人に実は、男を斬っちゃいまして……なんて、言ったら。
即刻、御用だ! って……十手で打たれそうだ……。ひぃぃ、怖い!
と、思っていると……。
「芹沢さん、ここは俺に任せてくださいっす」
そんな代官の元へ長倉はすぐさま説明しに行ってくれた……。って、マジか? 大丈夫か? あんなチャラそうな奴じゃ、あの激渋代官様は、すぐに怒りだすんじゃ……。と、見守っていたら。
「ほほう。では、そなたたちがその男を斬ったのだな?」
「はいっす。もうそうするしかなかったもんで……」
「うむ。分かった。……まぁ見た所、急所は外してあるみたいだし、この男も死にはせんだろう。後の事は、我々が引き受けるからお主らは、即刻この場からいなくなるように」
「ありがとうございますっス。代官様」
マジか……。すげぇ。長倉新八。流石は、後世に新選組を伝えた男。あの激渋代官を納得させちゃうなんて……。パネェ……。
「さっ、行くっすよ。芹沢さん」
長倉は、そう言いつつ俺から原田を引き取り、背中に乗せておんぶしたまま歩き出した。
俺も後からお店を出て行こうとすると、今度は後ろから――。
「せ、芹沢はん!」
遊郭の人が、こちらへ駆け寄る。確かこの子は……ずっと俺の隣でお酒を注いでくれた……確か……。
「……お黎(れい)さん……?」
彼女は、俺の手を取って言った。
「助かりましたわ。芹沢はん達のおかげで……お店は救われました。本当に……本当にありがとうございます」
「え? あっ、あぁ……いやぁ……俺は、別に……。礼ならあの2人に言ってくださいよ。お黎さん」
「……鈴です」
「え?」
急に何を言っているんだ? 困惑する俺の耳元へお黎さんは、そっと撫でるみたいな優しい声音で言ってくれた。
「私、本名を鈴と申します。ここでは、名前を隠しておりまするけど、また来た時は……鈴と申してください」
「あ……」
鈴は、妖艶な様で唇の前に人差し指を置き、下から上へ目線を泳がせながら言った。
「……2人だけの秘密でありんすよ。芹沢はん」
そんな彼女の姿に俺の胸は、ドキドキした……。
と、まぁ遊郭での一件はそれで終わり、俺は今1人で八木家に向かっている所だ。一緒にいた長倉は、原田の事を起こしてから帰ると言い、途中で別れた。
色々あったが、良い事も多かった。
「お鈴ちゃん……」
セクシーで可愛かった。大人の色気と、可愛さというのは混在できるのだと人生で初めて分かった瞬間だった。
「また、行きたいな」
風俗とか、コンカフェとか……それこそ、アイドルとか所謂、推しというものに全く興味のなかった俺でもハマってしまいそうだ。
くぅぅぅぅぅぅたまらん!
――絶対にまた、行くぞ!
と、決意を固めた俺の脳裏に次に浮かんできたのは、原田左之助――。
まさか、あんな暴れ馬だったとは……。新選組を題材にしたゲームとかでも原田左之助のキャラクターは、まちまちで各作品ごとにバラバラだったなとは、思っていたが……。
まさか、本当の原田はあんな人だったなんて。普段が、時代劇に出てくるみたいな下町の頼りになる兄ちゃんって感じなのから一変するとは……。
ある意味じゃ、土方や沖田よりも警戒しなきゃいけない存在かもしれないな。
それから……どうして、あの時の俺は、芹沢の力を使えなかったのだろうか?
長倉との特訓では、普通に出来ていたのに……どうして? 何がいけなかったんだろうか? 芹沢の力を使うためには、何か条件でもあるのだろうか?
「まぁ、とにかく……課題は多いな。芹沢の力を使うための条件。それから、土方や沖田の好感度を上げて、原田をどうするか? どれもこなして行かないと……難しいな」
しかし、生き残ると決めたからには、やらねばなるまい。幸い、長倉との好感度は良い感じだったみたいだし、長倉を通じて原田をどうにかできるようにもなるかもしれない。
他の新選組隊士達とも交流を深めて、これからも頑張っていくしかないな!
「よしっ! 明日からも頑張ろう!」
――同時刻、京都。四条大橋。
川の流れに運ばれてくる夜風に当たっていた俺、長倉新八は橋の壁に寄っかかりながら眠っているサノに声をかけた。
「そろそろ、起きた頃っすよね? サノ……」
「ん? んにゃ?」
サノは、大きなあくびをしながら体を伸ばしている。俺は、そんな彼の様子を見ながらため息を零す。
「全く、寝すぎっすよ。マジで、動物っすか?」
「うるせー……。まぁ良いじゃねぇか? どうせ、あそこで今日の任務は終わりだったんだからよ」
「確かに……そうっすね」
俺は、暗い空を見上げていた。雲に隠れていて星も1つ見えない空だ。
「総司の言っていた通り……変わったっすね。芹沢さん。……マジで、キツネに化かされたんすかね?」
「あぁ……。最初は、総司の野郎が、てやんでい! って感じだったが今日の芹沢さんは、妙だったぜ。あの人、今日はテメェの事を一度も“シン”って呼ばなかったな」
「そうっすね……。ほんと、どうしちゃったんだろ? 人に感謝されているあの人を見るなんて人生で初っすよ?」
「……全くだぜ。ありゃあ、そのうち土方さん辺りに目をつけられるぜぇ? 場合によっちゃ……」
「芹沢派と、俺ら近藤派で浪士組は、真っ二つに割れるっすね」
「あぁ、全面戦争もあり得るぜ? こりゃ……」
「それだけは、やめて欲しいっすね」
俺は、ボーっと雲を眺めた。夜風に流されてゆっくりと動く雲の中から三日月が1つ。そんな月に目を逸らし、俺は言った。
「……そろそろ、行くっすよ。立てるっすよね? サノ」
「てやんでい! べらぼうめ。早く帰って布団に入りてぇぜ」
――京都の夜風は冷たい。芹沢鴨に残された時間、あと29日。
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