島原へ
──京都、島原。そこは、かつて京都一の遊郭の街だった場所で、大勢の男達の憧れの場所でもあった。
美しい女達が舞いを踊り、酒を運び、男達と会話をする。
そのほとんどが、仕事として振る舞っていると男達も分かっている。しかし、それでも「もしかしたら」を期待してしまうのが人間心理というものである。
現にこの時代から遊郭の女と色恋沙汰になったという噂は、存在して男達の心を惑わしていたらしい。
さて、そんな島原に心を躍らせて来た俺と永倉であったが……。
「うーん……芹沢さん?」
「うむ。なんだね?」
「あの……どうしてくれるんすか? マジ」
「いや、これは……だな」
話は、少しだけ遡る。吉原で飲む事になった俺達は、早速お店探しを始めた。原田左之助は、後から来るとの事で、先に吉原へやって来た俺と永倉だったが……。
お店の人達は、俺の顔を見るや否や入店拒否。最初は、気にせず次行きましょう! とか永倉も言ってくれたのだが、次第に彼のよく行くお店ストックも無くなっていき、とうとう永倉オススメのお店は全てない状態。
「まさか、全部拒否されるとは思わなかったっす。芹沢さん、マジそりゃないっすよ……」
「う、うるせー!」
残ったのは、かなり高級なお店だけだ。正直、ここに入るのは……。
「あのお店なら入店拒否とかやらないと思うっすけど、ちょっと値段がねぇ……」
俺は、どうしてだか知らないが、財布にかなり余裕があった。しかし永倉の方は、お金の方にも少し厳しいらしい。
となると、仕方ないか。
「永倉、俺が出そう」
「え? 良いんすか?」
「まぁ、少しならな」
永倉新八は、それを待ってましたと言わんばかりに大はしゃぎし始める。
「やった! 芹沢さん、やっぱ最高! 神道無念流に感謝っすね!」
と、これにて吉原での長い長いお店選びを終えて俺達はいよいよ……。
「こ、ここが……し、島原。あの……で、伝説の」
「ん? 芹沢さん? どうしたんすか? 急に固くなっちゃって? もしかして、緊張してるっすか?ふふ、らしくないっすね〜!」
「う、うるさいぞ」
アンタら、江戸時代の人達からしたら普通の風俗街。俺らで言う歌舞伎町とか吉原とかそんな感じなんだろうけど、俺ら現代人からしたら既に存在しない幻の場所なんだよ!
と、内心思っていると──。
「芹沢はん、ほなお飲みになって」
隣に座っていた女性が、酒を注いでくれる。
「あ、あぁ……ありがとう」
「芹沢はん、ほんま素敵な飲みっぷり。わちき、惚れ惚れしてしまいす。もっと、近くで見ても……良い?」
うわぁ! なんか緊張する! この人、すげぇ美人だし、姿勢とかもしっかりしてて育ちの良い感じというか、それが出ているし……。
てか、何よりエロい! 動作とか仕草とか一つ一つの動きが全てエロい!お酒を注いでくれるだけでもエロい!
特にこのわざわざ下から見上げてくる感じが、たまらん!
くぅ、ヤバいな。
「お? 芹沢さんも楽しくなってきたっすか? それじゃあ俺もお酒追加してもらうっすかね!」
永倉が、そう言うや否や部屋の障子が開けられて外から女性が1人姿を現す。
「失礼いたします」
きちんと礼儀正しく正座のまま頭を下げてお酒を永倉の元へ運ぶ。
やっぱ、一つ一つの動作が美しすぎる。見惚れてしまいそうだ。美しすぎて逆に違和感さえ感じる。
「……よっしゃ! 今日は芹沢さんの奢りっす! 飲むぞォォォォ!」
「……あんまり調子に乗りすぎるなよ。後で払えませんってなったら困るのだからな」
一応、水は刺しとかないと。
と、ふと隣の女性の視線を感じた。彼女はとても不思議そうな目で俺を見ていた。
「アンタはん、お金……払ってくれるんかい?」
「え? いや、当たり前だろ……」
そのつもりじゃなきゃこんな所にわざわざ来ないだろ。
「……ふーん。なんか、アンタはん少し変わったねぇ」
「変わった?」
「えぇ、前は一銭も出さない人で有名だったのに。この辺じゃ態度悪いし、お金出さないしで有名なお方でありんすよ」
あぁ、そう言えば芹沢鴨といえば、そうだった。無銭飲食が当たり前の食い逃げ常習犯。
女性は続けた。
「うちは、お客様を選んだりしないお店だけど、アンタはんが最初来た時は、新人の子達も震えあがっちゃって大変だったのよ」
なるほど。違和感の正体はそれか。皆、芹沢が来たと聞いて震え上がっていたわけだ。
「それは、すまなかったな」
と、一言告げた途端、部屋の中の空気が静まり返る。
──ん?
見れば、遊郭の女性達が皆、不思議そうにこちらを見ている。
それどころか、永倉新八まで……。
「芹沢さん、どうしたんすか? 今日はやけに機嫌が良いっすね?」
「え? あぁ、いや……」
少し芹沢らしくなさすぎた。これでは疑われても文句は言えないな。
俺は、咳払いをしてから告げた。
「酒が足りん。も、持ってこい!」
どうもこの喋り方は、性に合わないな。
すると、隣に座っていた遊郭の女が、くすくす笑う。
「はいはい。仕方ありませんね」
女は、たっぷりと酒を注いでくれた。その酒を飲みながらぼんやりと思う。
今日で、誤解が解けると良いな。
まぁ、正確には誤解ではないんだけど、むしろ今の俺の方が誤解そのものか。
と、その時だった。
「失礼するぜい」
と、部屋の中に1人の男が入ってくる。
誰だ? 男は、大柄で肩幅が大きかったが、全体的にスタイルが良く、所謂細マッチョというやつだ。
顔は、沖田や永倉に比べて少し大人びていたが、カッコいい美青年。
すると、永倉が嬉しそうに男の名を呼んだ。
「おっ! 来たっすか! サノちゃん!」
「え? て事は、原田……」
すると、男は可笑しなものでも見た時みたいに笑って告げた。
「あったりメェだろ? 正真正銘、俺が原田左之助! どうしやがったんだ? 芹沢さん? 頭でも打っちまったか? べらぼうめぇ」
ほほぉ……原田左之助はこういう感じだったのか。まさかの江戸っ子訛り。どちらかというと永倉の方が江戸っ子のイメージがあったけど……。
いや、まぁ原田左之助も永倉新八とよく一緒にいるイメージはあったし、これはこれでありだな。
と、いつもの如く1人評論を終えた所で、永倉が原田に告げた。
「サノちーん、聞いてっすよ。芹沢さん、どうも様子がおっかしくてぇ。妙なんだよなぁ」
「あぁ? そいつぁ、いけねぇな! どら、芹沢さん! 悩みでもできたかい? 俺とシンが聞いてやるよ!」
「あ、え?」
「なんでい! そんな顔して辞めてくだせぇよ! 俺ら、京都に残った浪士組の仲間だろうぜ? それにアンタは俺にとって上司! 部下が上司を立てようってのに、そんなボケボケじゃ困るゼェ!」
「あっ、あぁ……。そうだな」
いや、つーか原田左之助って、もっと怖いイメージあったけど(主に土方と沖田のせいで)
めちゃくちゃフレンドリーで、良い奴過ぎねぇか!? コイツが、芹沢鴨暗殺に加担したとか、嘘だよな!? いや、嘘だと言ってくれ!
なんだか、ここへ来てから初めて安心できる人達にあったな……。
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