剣と鴨

 永倉新八──。後に新撰組二番隊組長となる男だ。


 剣の達人で、物凄い剣バカだった事で知られる。お喋り好きで新撰組の中でもかなりのご長寿だった事は有名な話。


 また、新撰組の中でも単純な剣の腕ならば沖田総司にも並ぶ程と言われていて、その異名は「無敵の剣」


 芹沢鴨にとっても驚異となる存在のように見えるが、実は芹沢鴨暗殺には加担しないというのが永倉新八の面白い所で、どうも芹沢鴨と永倉新八は同じ流派の者同士という事で交流があったとか、なかったとか……。


 そんな永倉新八と俺は今、初めて会話をしているのだが……思いの外、チャラい。いや、永倉は江戸っ子気質な人で人懐っこいというのは知っていたが、それがまさかこのような感じで登場するとは。


 歴史って面白いなぁ。


「どーしたんすか? 芹沢さん?」


「いや、何でもないのだ。そっ、それよりも永倉くん。土方は、今いるか?」


「ん? 土方さん? あー、そういえば今朝から見ないっすね」


 今朝からいない? 何処かに出かけたのか?



 いや、待て! まさか、俺に内緒で会津藩主の元へ行ったりとか……。


 芹沢鴨暗殺は、土方達の独断ではない。彼らの上にいる会津藩、もとい会津藩主の松平容保(まつだいら かたもり)が命じた所から始まる。


 芹沢鴨暗殺の命令は、確か土方と容保公による秘密のやりとり……今日いないという事は、まさか……!?



「あぁ、トシならば散歩に出かけたぞ」


 と、その時俺の耳に入ってきたのは、あの大男。近藤勇の声。


「近藤さん!」


 永倉新八にそう呼ばれて近藤は、にこやかな調子で手を振りながら俺に言った。


「……トシは、いつも部屋とか茂みの中とかそういう所にすぐ引き篭もってしまう所が昔からあってな」


 副長の穴籠もりというやつか。いや、こう聞くと単なる社会不適合者のニートにしか聞こえないんだが……。


「だから、今日は休暇を与えてやる事にした。アイツにもたまには、そういう日があっても良いと思ってな」


「さっすが、近藤さんっすね!」


 永倉と近藤は、笑い合う。2人のそんな様子に俺も半笑いを浮かべるものの。


 土方も沖田もいないとなれば、今日壬生寺に来た意味がなくなってしまった。このままここにいても……。


「そうか。教えてくれてありがとう。それでは、俺はこれで失礼する」


 八木家に戻って一度作戦を立て直した方が良いか。


 ──と、歩き始めたその時。


「待ってくださいっす! 芹沢さん!」


 永倉が俺の前へ姿を現す。なんだ?


「芹沢さん! せっかくここへ来てくれたんですし久しぶりに俺と勝負しないっすか?」


「勝負?」


 俺が、無敵の永倉と……? いやいや無理無理。秒殺されるに決まっている。ヒョロガリ現代人が本物の侍相手に勝つなんて不可能に決まっている。


「遠慮しておこう。俺はこれから八木家に……」


 と、すると今度は近藤さんが俺に言った。


「……おぉ! それは良い。芹沢殿! 私も久しぶりに芹沢殿の剣を見てみたいです!」


「そうっすよね! やりましょう! 芹沢さん!」


「え!? あ! ちょっ……ま! しっ死ぬ! 俺、死んじゃうだろ!」


「何言ってんすか! 芹沢さんがやられるわけないでしょ?」


「そうですよ! 筆頭局長殿!」


 近藤と永倉に連れられて結局俺は、真剣を持つ羽目に……。


 あぁ、終わった。相手は永倉新八。斬られて終わりだ。ていうか、何で模擬戦なのに竹刀じゃなくて真剣なんだよ!


「いやぁ、すいません。芹沢殿。我が道場は実戦を意識した稽古を行なっていまして……模擬戦では竹刀は使わない方針でやっているのです」


 ふざけんな! 死ぬわ!


「近藤さんに鍛えられて強くなった俺の腕を見せてやるっすよ!」


「ひっ!」


長倉の刀が、俺の頭上をとらえる――凄まじい速度で、脳天を一刀両断する――!


 やばい。これ、マジで死ぬ!


 しかし、長倉の刀が俺に当たろうとした寸前、それまで全く捉えられていなかった剣筋が、急に少し遅く見えるようになった。


「これは……!?」


 芹沢鴨に転生した影響だろうか? つい先ほどまで全く見えなかったはずの長倉の剣をはっきりと見る事ができる!


 それだけじゃない。どうしてだか、分からないけど……何となく避ける事ができそうだ。


 体が、右にかわせと言っているみたいだった。俺は、本能に従って右へ逃げる。


「おぉ! さすっが芹沢さんっす! 俺の剣をいとも容易く避けちゃうなんて、やっぱすげぇ!」


 凄い……! これが、新選組筆頭局長――芹沢鴨の実力。沖田総司に夜這い……じゃなくて、襲撃された時は、咄嗟にこんな動きはできなかった。やはり、彼女の言っていた通り、真向勝負となったら新選組の中でも最強ってわけか。


「これなら……!」


 と、息巻いているとかわしたはずの永倉の剣が、植物の鞭のようにしなって、急に自分へ向く。


「うおっ!?」


 あぶねぇ……。芹沢の反射速度がなきゃ死んでたぞ……。なんだ? 今の剣は……。


「これも避けるっすか? ならこれなら……!」


 長倉の剣が次々と襲いくる。俺はそれを一つ一つかわしていく。


 不思議と動いているうちに剣の振り方も頭の中に入ってくる……!


 その後、俺と長倉は模擬戦を続けた。結局、その後も芹沢自身が元々持っていた身体能力の高さや磨き上げられた剣の腕を持って、何とか長倉との戦いを終える事ができた。


「いやぁ、流石は芹沢さんっすね。やっぱりアンタは、強いっす!」


「いやぁ、それほどでも」


 確かに芹沢鴨は、強い。まさか、あの長倉新八と互角以上にやりあえるとは、思わなかった。


「……いえ、芹沢殿は確かにお強い! 私も……もっと強くならねばなりませんな!」


 近藤さんまでそう言う。……ったく、やめろよなぁ~。そこまで褒められると自分の事じゃないのに照れるべ~。


 と、俺と長倉がぼんやりセミの歌声に耳を傾けていると、その時だった。


「……芹沢さん、今日は一緒に飲みにでも行かないっすか?」


「え……?」


 急な長倉の誘いに困惑していると、長倉は更ににこやかな笑顔で告げた。


「……いっつも新見さん達とばかりですし、たまには良いじゃないっすか? ね! 近藤さんも来るでしょう?」


「いや、すまないが俺は、この後トシと飯を食う約束が入っていてな」


「えー!」


 長倉は、下を向いてしまった……。心底、ショックなのだろうな。なんか、俺の想像していた長倉と少し違う気もするが……。


「……そっ、それなら俺も……」



「仕方ないっすね。それなら、サノを呼ぶっす!」


 サノ!?


「そっ、それってまさか……」


 俺が聞き返すと、長倉はとても不思議そうな様子で俺を二度見して答えた。


「サノって言ったら、そりゃあ……原田左之助に決まってるっすよ! アイツ以外にいないっす!」


 原田左之助……原田左之助!? 芹沢鴨を暗殺したと呼ばれる3人目の男!

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