第3話、響く音
バイオレットに通い始めてなんやかんや2ヶ月が経った。俺はほぼ毎日のように仕事終わりは店に通っていた。
マスターの佐々木さんとは店以外にプライベートでも、たまにゴルフや食事に行くまで仲良くなった。
速水さんは相変わらず、暇さえあれば傍にくるし、帰ろうとすると引き止めてくる。最初は戸惑ったが今ではもう慣れて軽く流している。ここ2ヶ月ほぼ毎日話をしているからか、出会った当初は彼女の距離の詰め方や勢いに苦手意識があったが、それも薄らぎ仕事の愚痴やプライベートの話しが言い合える仲にはなっている。まぁ、速水さんから仕事の愚痴が出る度に佐々木さんからの視線が毎回痛いのだが...本人は全く気にしていない様子だ。
そして今日も仕事終わりにいつものように立ち寄ったのだが...昨日は残業が長引いてこれなかったからまた速水さんにしつこく来なかった理由を聞かれるなぁ、と少し憂鬱だ。
「おや、佐倉君。いらっしゃいませ。」
覚悟を決め店に入ると佐々木さんが奥から声を掛けてくれた。
(あれ?速水さんがいない。)
いつもなら店に入った瞬間飛んできて空いてる席に案内されるのに今日は佐々木さんの姿しか見えない。とりあえず空いてる席に腰を下ろす。
「今日、速水さんはお休みですよ。
昨日風邪を引いたらしくて、熱は下がったらしいんですけど大事をとって今日も休ませてます。」
笑顔で話しかけてくる佐々木さん。
エスパーなのだろうか。
「そ、そうですか。」
辺りを見渡すが今日は他に客がいない。
佐々木さんはお酒の入ったグラスとコーヒーカップをそれぞれ持って酒の入ったグラスを俺の前にそっと置き、その隣の席にコーヒーカップを置いた。
ちなみに俺はいつもおすすめしか頼まない。
佐々木さんもそれをわかっているから俺が来る度に飽きないよう毎回違うカクテルやお酒を出してくれている。
「私も1杯御一緒してもいいですか?」
そう言うとカップを置いた俺の隣の席へ腰を下ろした。
「佐々木さんが仕事中に飲むなんて珍しいですね」
「まぁ、今は私と佐倉君しか居ませんし、それにただの珈琲ですよ」
笑いながらそう言った佐々木さんは手に持ったカップを俺の方に突き出してきた。
珈琲のいい香りが鼻を抜ける。
俺もグラスを手に取り突き出した、コツンっと静かな店内にグラスとカップがぶつかる音が響く。
乾杯をした後互いに一口啜る。
「そういえば、速水さんとは最近どうなんですか?」
「...はい?」
「いや、最近仲が良さそうだなと思いまして。あの子ともかれこれ2年くらいの付き合いですけどあんなに人に懐いたの初めて見たので何かあったのかなと思いまして。」
そう言い終わると佐々木さんはまた一口珈琲を啜った。
「何も無いですよ。ただ、出会い方が変わってたので印象深く残ってるだけなんじゃないですかね。俺もそうですし。」
「....そういうものですかね。あんなに仲良く毎日話してるものだからてっきり佐倉君も速水さんもお互いの事好きなんじゃないかと思ってましたけど、年寄りの勘違いですかね」
「...少なくとも俺はそんなんじゃないですよ。ただ、どことなく昔の知り合いに似てて、なんか気になるんですよ。」
「ほお、その方と佐倉君はどういった関係だったんですか?」
「ただの腐れ縁、高校の時のクラスメイトですよ、そんな気になることですか?」
「ぜひ知りたいですね」
満面の笑みを浮かべる佐々木さん。
俺は半分くらい残っていた酒を一気に飲み干した。
目をつぶればいまでも、鮮明に思い出せる。
姿も、声も、言動の一つ一つさえ。
それほど俺にとって花宮 真央という存在は深く心に残っていた。
「まぁ、あんまり面白くもない話ですけど」
こうして佐々木さんに俺と花宮 真央との思い出話を語った。
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