第7話:氷の騎士の告白と、愚かな王子の後悔
帝国最強の騎士団長が本気を出した時、戦いの趨勢は一瞬で決した。
アレスの振るう聖剣バルムンクは、銀色の閃光となって戦場を駆け巡った。彼の剣技はもはや芸術の域に達しており、魔物たちはその太刀筋を捉えることすらできず、次々と断末魔の叫びを上げて崩れ落ちていく。聖獣たちも、彼の圧倒的な強さに鼓舞されるように最後の力を振り絞り、残りの魔物を一掃した。
嵐のような戦いが終わり、牧場には静寂が戻った。アレスは生き残った魔物を一匹捕らえると、その魔物から黒幕の情報を巧みに引き出した。全ての元凶が、王都にいるあの男爵令嬢の嫉妬による犯行であったことを突き止めるのに、時間はかからなかった。
彼はすぐに部下へと連絡を取り、男爵令嬢と闇ギルドの拘束を命じると、セレスティアの元へと向き直った。
セレスティアは、あまりの出来事に呆然と立ち尽くしていた。いつも側にいた、不器用で優しい旅人アッシュが、あの冷徹で有名だった「氷の騎士団長」アレス・フォン・ヴァルハイト本人だったなんて、信じられなかった。
「……ずっと、黙っていてすまなかった」
アレスは、気まずそうにそう切り出した。そして、彼はセレスティアに全てを打ち明けた。
自分が帝国騎士団長であること。魔獣の異常発生の調査という極秘任務でこの地を訪れたこと。そして……物陰から偶然、泥だらけで働く彼女の姿を見て、一瞬で心を奪われてしまったこと。
「君に会いたくて、身分を偽って近づいた。卑怯なやり方だったと分かっている。だが、後悔はしていない。君と過ごした時間は、俺の人生で最も幸福な時間だった」
アレスは、セレスティアの前に跪くと、その泥のついた手を優しく両手で包み込んだ。彼の氷のようだと評される青い瞳は、今は熱い情熱の炎を宿している。
「セレスティア。俺は、君を愛している。この命に代えても、君を守りたい。どうか、俺のそばにいてくれないだろうか」
真摯で、熱烈な愛の告白。今まで経験してきた、貴族たちの体裁ばかりの求愛とは全く違う、魂からの叫び。セレスティアの心は、激しく揺れ動いていた。
時を同じくして、王都では激震が走っていた。
アレスからの迅速な報告により、男爵令嬢の悪事は全て白日の下に晒された。彼女がアラン王子に囁いたセレスティアの罪状も、全てが彼女の嫉妬心から生まれた、悪質な嘘だったことが判明したのだ。
報告を受けたアラン王子は、玉座の間で顔面蒼白になっていた。
自分が、真実の愛を誓ったはずの婚約者を、何の罪もない彼女を、姦計に嵌められて自らの手で追放してしまった。それも、王家への反逆罪という、決して許されることのない汚名を着せて。
「私は……私は、なんて愚かなことを……!」
全てが自分の愚かさ、人を見る目のなさゆえだった。彼は、本当に価値のある女性を、かけがえのない宝を、自らの手で捨ててしまったのだ。
激しい後悔の念が、アランの全身を苛んだ。
「彼女を……セレスティアを連れ戻す!私が、直接謝罪し、もう一度、私の妃として……!」
アランは、いてもたってもいられず、すぐさま大げさな行列を編成させると、自ら辺境の地へと向かった。彼女に許しを請い、もう一度王宮に連れ戻すために。
数日後。
辺境の牧場に、王家の紋章を掲げた壮麗な一団が到着した。馬から降り立ったアラン王子は、目の前の光景に愕然とする。
彼が追放した時、みすぼらしい格好で絶望しているはずだったセレスティア。その彼女が、伝説の聖獣たちに囲まれ、まるで女王のように穏やかな笑みを浮かべていた。
そして、その隣には、白銀の鎧をまとった帝国最強の騎士、アレス・フォン・ヴァルハイトが、守護神のように寄り添っている。二人の間には、誰も入り込むことのできない、強い絆が見て取れた。
アランは、自分が場違いな存在であることを悟りながらも、声を振り絞った。
「セレスティア……!すまなかった!全て私が間違っていた!どうか、王都へ帰ってきてくれ!」
彼は必死に懇願した。しかし、その声は虚しく響くだけだった。彼の前に、氷の壁のようにアレスが立ちはだかる。
そしてセレスティアは、何も言わず、ただ静かに、自分の決意を固めた瞳で、かつての婚約者を見つめていた。
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