第6話:忍び寄る悪意と、聖獣の怒り
二人が穏やかな日々を過ごしている頃、遥か遠い王都では、黒い嫉妬の炎が燃え上がっていた。
セレスティアを王太子アランの隣から追い落とした、あの男爵令嬢。彼女は、追放したはずのセレスティアが、辺境で幸せに暮らしているという噂をどこからか聞きつけたのだ。
「あの女が……幸せに、ですって?許せない……!」
彼女のプライドは、セレスティアが不幸のどん底にいることを望んでいた。激しい嫉妬と憎悪に駆られた令嬢は、常軌を逸した行動に出る。裏社会の闇ギルドと接触し、莫大な金を積んで、禁断の魔道具を手に入れたのだ。それは、邪悪な魔物を操り、特定の場所を襲撃させることができる、呪われたアイテムだった。
「あの女の楽園とやらを、地獄に変えておやりなさい!」
令嬢の歪んだ願いは、辺境の地に、恐ろしい災厄をもたらすことになる。
その日、テュールの村は突如としてパニックに陥った。
森から、今まで見たこともないほど凶悪な形相をした魔物の群れが現れ、村に襲いかかってきたのだ。その目には知性の光はなく、ただ純粋な破壊衝動だけが宿っている。
「魔物だ!魔物の大群だぞ!」
平和だった村は、阿鼻叫喚の地獄と化した。
牧場にいたアレスは、その邪悪な気の奔流を即座に察知した。
「……何だ、このおぞましい気は。しかも、これだけの数が一斉にだと?自然発生ではない、何者かが操っているのか!」
騎士団長としての鋭い勘が、事態の異常性を告げている。彼はすぐにでも村へ駆けつけ、人々を守らなければならない。しかし、それ以上に、セレスティアのことが心配で牧場から離れることができなかった。
そして、彼の懸念は現実のものとなる。魔物の群れの一部が、明らかに牧場を目指して押し寄せてきたのだ。
「セレスティア、俺の後ろに!」
アレスが剣を抜こうとした、その時だった。
今まで牧場で穏やかに暮らしていた聖獣たちが、一斉にその姿を変えた。
最初に動いたのは、ユニコーンだった。彼はセレスティアの前に進み出ると、天に向かって高く嘶いた。すると、その額の角から眩いばかりの聖なる光が放たれ、光に触れた魔物たちが浄化されるように苦しみの声を上げて消滅していく。
続いて、ベビーフェンリルたちが牙を剥いた。子犬のように愛らしかった彼らの体は一回り大きく見え、その目には野生の闘志が宿っていた。彼らは風のように駆け、鋭い牙と爪で次々と魔物を蹴散らしていく。
空からは、グリフォンが急降下し、鋭い爪で魔物を掴み上げては遥か上空から投げ落とす。樫の木の巣からは、フェニックスの雛が精一杯の炎を吐き出し、魔物の進軍を食い止めていた。
普段はおとなしく、愛らしい家族。しかし、彼らは本来、その一体一体が伝説に語られるほどの力を持つ、気高き聖獣なのだ。愛する主であり、家族であるセレスティアを守るため、彼らはその内に秘めた野生の本能を解放し、圧倒的な力で魔物の群れに対抗した。
だが、敵の数はあまりにも多い。次から次へと湧いてくる魔物に、聖獣たちも徐々に疲労の色を見せ始める。
そして、ついに一体の、ひときわ巨大なオーガ型の魔物が、聖獣たちの守りを突破し、セレスティアの目の前に迫った。
「……っ!」
セレスティアが恐怖に目を見開いた、その瞬間。
一陣の風が吹き、彼女の前に一人の男が立ちはだかった。
それは、アッシュ――いや、アレスだった。彼はいつの間にか、みすぼらしい旅人のマントを脱ぎ捨て、白銀に輝く、壮麗な騎士団長の制服をその身に纏っていた。手には、帝国最強の騎士にのみ持つことが許される、聖剣バルムンクが握られている。
「もう大丈夫だ」
アレスは、セレスティアを振り返ることなく、その背中で彼女を守りながら言った。その声は、いつもの朴訥としたアッシュのものではなく、絶対的な自信と威厳に満ちた、騎士団長の声だった。
彼はゆっくりと振り返り、驚きで言葉を失っているセレスティアの瞳を真っ直ぐに見つめると、はっきりと告げた。
「私の名は、アレス・フォン・ヴァルハイト。帝国騎士団長の名において、君を必ず守る」
そして、聖剣を抜き放つ。剣先から放たれる凄まじい闘気は、魔物の大群を怯ませるのに十分だった。
氷の騎士が、愛する人を守るため、ついにその本当の姿を現した瞬間だった。
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