第25話 死の舞台(再会:姉妹編)


 丘の上に立つソフィアは、黒煙を舞い上げながら横たわるノクティウス号を見上げた。分厚い雲が覆う空は、燃え盛る艦の残骸から立ち上る煙でさらに暗さを増している。ソフィアの頬をなでる風には、焦げ付いた鉄と火薬の匂いが混じり、遠くで響く爆発音は、まるで地獄の雷鳴のようだった。


 隣に立つカレンは、震える手で膨らみ始めたお腹をそっと撫でた。不安と恐怖が入り混じった瞳が、ソフィアを見つめる。

 「ソフィアお姉様、あの甲板にレオンが!私の大切な人がいるの……」

 

 その言葉とカレンのお腹を見つめ、ソフィアは優しく微笑んだ。

 そして、そっとカレンの手を握った。

 カレンの手に触れたその瞬間、ソフィアの心に、かつて父とダリウスが自分を深く愛し、守ろうとしてくれた記憶が鮮明に蘇る。今、目の前で不安に震える妹も、そしてこのお腹にいる小さな命も、自分が守らなければならない、大切な光だ。

「分かったわ。待っていて、カレン。必ず戻ってくるから。もう、ひとりにしないから安心して」

 ソフィアの声は、かつて母がカレンに語りかけた祈りのように、優しく響いた。ソフィアはカレンに背を向け、背中の推進ユニットを起動させる。駆動音が静かに空気を震わせ、銀色の装甲が展開される。メカニカルな羽根が広がり、燃える空の下で眩い光を放った。

 ソフィアは軽やかに地面を蹴り、無数の瓦礫と煙の向こうへ舞い上がった。その銀色の軌跡は、暗い空を切り裂く一筋の希望の光だった。


 ※ ※ ※


 ノクティウス号の大きく傾いた甲板は、さながら死の舞台だった。

 足元を滑るように流れる血溜まり。額から流れ出る血で顔が赤く染まったノクティウスが、赤い閃光を放つ剣を片手に、獲物を探すように立っている。彼の漆黒のマントは風をはらみ、その異形な姿は、まさに悪魔のようだった。

 

 その向かいには、甲板の手摺りに手をかけ、今にも投げ出されそうなレオンが、かろうじて意識を保っていた。彼の顔は煤と血で汚れ、苦痛に歪んでいる。


 白銀の鎧をまとったソフィアが甲板に舞い降り、ノクティウスに真っすぐ叫んだ。彼女の足元から、微かな砂煙が立つ。

 「ノクティウス!絶対に逃がさない!」


 ノクティウスは、ソフィアの姿を認めると、不気味な薄笑いを浮かべた。その声は、かつてダリウスとの戦いで聞いた、地獄の底から響くような声だ。

 「おやおや、リュミエールの残党まで、ここに来るとは。良いだろう。皆殺しにしてやる。ここがお前たちの墓場だ!」

 ノクティウスのブラッドセイバーが振り下ろされると、刃から赤い閃光が弧を描き、ソフィアに襲いかかった。ソフィアは咄嗟に暁光の剣を横に構え、その強烈な一撃をいなす。

 剣がぶつかり合った瞬間、耳をつんざくような甲高い金属音が響き、赤い火花が夜空を飾った。その衝撃波が、傾いた甲板をさらに震わせる。

 ソフィアは火花の中から宙に舞い、一回転すると、ノクティウスの背後に舞い降りた。一瞬の静寂の後、白銀の剣が振り下ろされる。ノクティウスはマントをひるがえして辛うじて避けたが、白銀の光はノクティウスのマントに描かれた黒い太陽と翼、血で縁取られた紋章を真一文字に断ち割った。

 怒りに燃えるノクティウスが、横からブラッドセイバーを振り出す。ソフィアはそれを受け止め、押し返す。白銀の光と赤い光が激しく衝突し、甲高い音が再び鳴り響いた。

 ギィィイーーッ!

 剣と剣がぶつかるたびに、火花が激しく飛び散り、二人の顔を照らし出す。その熱と光、そして響き渡る剣戟は、ソフィアにダリウスとノクティウス、最後の戦いを鮮明に思い出させた。


 ……ダリウス……力を貸して……


 ソフィアは剣を強く握りしめ、叫んだ。

 「父の仇!」

 剣と剣が再び激突し、火花が二人の顔に飛び散る。

 ソフィアの脳裏に幼き日に瓦礫の陰から見た父の最後の姿が浮かぶ。あの時、父は自分が犠牲になって私たちを守った。父の想いを無駄にはしない。この戦いに、すべての愛を乗せる。

 「ダリウスの仇!」

 赤と銀の光が交差する。

 ソフィアの脳裏に、かつてダリウスが自分をかばってノクティウスの剣に倒れた、あの時の悲劇がフラッシュバックする。あの時、ダリウスの命と引き換えに、ソフィアは生き延びた。その命を無駄にはしない。この戦いに、すべての思いを乗せる。

 「リュミエールの仇!」

 ふたたび激しい音が響く。

 多くの民が泣いたあの夜は忘れない。心も記憶も燃やされたあの時を忘れない。皆の悲しみを無駄にはしない。この戦いに、すべての力を乗せる。


 さらに激しい剣戟が甲板に響き渡る。赤い閃光と銀の閃光が、互いの存在を主張するように激しく交錯する。

 ソフィアの猛攻に、ノクティウスは後ずさりし、傾いた甲板でたたらを踏んだ。

 (もらった!)

 ソフィアは勝利を確信した。ノクティウスの動きが止まった。

 その一瞬の隙を見逃すまいと、暁光の剣を高く振りかぶり、ノクティウス目掛けて高く飛びかかる。

 その瞳には、亡き父とダリウス、そして故郷を思う、強い光が宿っていた。


 だが、ノクティウスは不敵な笑みを浮かべ、回転しながらブラッドセイバーを突き出した。その瞬間、黒いマントの影から、湾曲したブラッドセイバーの剣先が閃光を放つ。

 

 「ハッ!」

 ソフィアの開かれた瞳に、その赤い剣先が映り込んだ。 まるで、時間が止まったかのように感じた。

 脳裏に、ダリウスの背中が浮かび上がる。そして、彼の胸を貫く、血のように赤い剣の切っ先。あの時の、絶望的な光景が、今、ソフィアの目の前に再現されていた。

 ──しまった……!

 

 心臓が締め付けられるような恐怖がソフィアの全身を襲った──



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