第26話 火花の孤(決戦:姉妹編)


 ソフィアの開かれた瞳に、湾曲した赤い剣先が映り込む――

 

 ――その時、横合いから銀色の蹄が閃き、ノクティウスのこめかみを蹴り上げた。


 「うっ!」

 赤い刃はソフィアの肩先をかすめ、空を裂く。衝撃に呻いたノクティウスは体勢を崩し、額から血を流しながら甲板の端へ吹き飛んだ。


 屈辱と憎悪に満ちた血で赤く染まった瞳が、カレンの乗る馬型浮遊機〈Equus-287S〉を捉える。

 「この小娘……よくも!」

 鋼の脚を持つ機体は、まるで生き物のように急旋回し、高らかに嘶いた。

 その背では、カレンが手綱を固く握り、ソフィアの前を風で切り分ける。

 

 ソフィアは息を整え、視線を走らせた。

 傾いた甲板の手すりに――レオン。満身創痍の体を縁に預け、指は白く変色し、血と汗で今にも滑り落ちそうに震えている。

 

 カレンも、少し上空からレオンを位置を確認した。その刹那、視界の端で白い閃きが跳ねた。


 ――ルミナスソード


 先ほどノクティウスの一撃に弾かれ、甲板を滑った刃が傾斜に引かれて船縁へ。金属を擦る甲高い音を残し、白銀の光は船外の外板をかすめて落ちていく。

 カレンはたずなを引き、機体の鼻先を鋭く落とした。


 「レオン!待ってて!」

 叫びと同時に、彼女は身ごもった腹をかばうよう上体を固め、拍車を入れるがごとくアクセルを踏んだ。〈Equus-287S〉が火花を散らしながら甲板の縁へ滑り込み、外板へ躍り出た。黒い艦の装甲は段差を連ねる険しい斜面のようだ。

 白い刃は段差で弾み、外気へ吸い込まれていく。


 ――間に合って


 馬型浮遊機〈Equus-287S〉は自動保護ナビへ切り替わり、甲板外縁に淡い翠の光路が描かれ、カレンはそのラインだけを正確になぞった。星の加護が微かに脈動し、古代機の生体認証は彼女の指先に静かに馴染む。

 機体が外板のリベットを蹴り、身を沈めて跳ね上がる。


 風を割る一瞬――カレンの指先が白い柄に触れた。


 重みが手へ戻る。

 「……取った!」


 彼女は剣を握ると、機体を反転させる。外板の継ぎ目をかすめ、ふたたび甲板の縁へ戻ると、手摺りからレオンの片腕が消えた。


 「レオン――!」

 その時、甲板に鋭い音が走る。


 「ピィイ――ッ!」


 爆ぜる火花や警報を貫く、甲高い指笛。山で初めて出会った夜、レオンが愛馬を呼び寄せた時と同じ音色だ。


 緑の黒煙の下腹から、もう一騎の〈Equus-287S〉が噴流の尾を引いて突入してきた。金属蹄が縁を噛み、頭首をもたげる。落下に身を委ねかけたレオンが、手すりから手を放つ。


 空で、体が一度ほどけ――


 次の瞬間、首筋のハーネスをつかんで鞍へ吸い込まれる。両脚で腹帯をしっかり挟み込み、手綱を引く。


 「……いい子だ」


 掠れた声が機体の耳へ届くように低く落ち、〈Equus-287S〉が短く嘶いて旋回に入る。

 「レオン!」

 カレンは自機を寄せ、ほとんど並走の距離まで詰めた。胸に抱いた白い刃が、黒煙の中で細く瞬く。


 「受け取って!」

 鞍上で体をひねる。肩、肘、手首――すべてを一直線に乗せ、白銀の弧が空に描かれた。かつて大蛇を一撃で倒した、彼の剣。二人を結ぶ記憶ごと、風を裂いて飛ぶ。

 

 レオンは片手で手綱を操りながら、もう片方の手を刃の進路へ差し出す。掌に落ちる瞬間、冷たさと重みが、燃えるような熱と混ざった。


 「ありがとう、カレン!

 ――危ないから女の子は、こんな所に来ちゃだめだ……」

 柄の紋が脈動し、白い光が刃文に沿って立ち上がる。レオンの呼気が深くなり、背筋がすっと伸びた。

 2人はお互いの瞳を見つめ合いながら微笑んだ。

 

 甲板の反対側。ソフィアは足を踏み替え、暁光の剣を低く構え直す。銀の羽列が背で小さく呼吸し、推進ユニットが音もなく回る。カレンが戻り、レオンが剣を取り戻したことを確かめ、視線だけで合図を送った。

 ――もう大丈夫


 ノクティウスが、ブラッドセイバーを斜めに掲げる。赤い刃の縁で、乾いた血が蒸けた。

「茶番だ。血の因果からは逃れられん」

 黒いマントが風を孕み、傾斜した甲板の上で足場が沈む。義腕の駆動がうなり、赤い閃光が横薙ぎに迫る。

 

 ソフィアが前へ。白銀と赤の光が噛み合い、甲板に鋭い音が降る。

 「父王のために――!」

 刃が弾け、ソフィアは内側へ身を滑らせる。赤い剣が返り、白い羽が火花を散らし一歩退いた。

 

 「任せろ!」

 レオンの馬型が、三角形の最後の頂点へ滑り込む。狩りで鍛えた体幹と呼吸がぶれを抑え、機体は彼の重心に合わせて滑る。

 カレンの機体は常に外周を保ち、旋回モードに入った。


 傾いたノクティウス号の甲板。黒煙が上がる階段から、黒装兵の応援部隊が上がってきた。


 ソフィアはつぶやくように指示を出した。

 「ミレイ、上空支援できる?遮蔽フレアを」

「了解!」

 セラフィム号のドローンが黒煙の中、ノクティウス号の上空に終結する。

 頭上のドローン群が白い閃光ベールを散らす。敵の照準が一斉にばらけた。

 

 『ソフィア姫!大丈夫かっ!』

 村の敵部隊を一掃した、ユリスが《スカイ・ライド》で空を滑りながら甲板の黒装兵を撃ちぬく。ハヤセも《ミズグモ》で水面を滑るように空を駆けながら、《シュリケン》を黒装兵へ投げ放った。


 ノクティウスがレオンへ目だけを向けた。

「まだ生きていたか、忌まわしき血よ」

「生きている。――俺たちは、血は選べない。だが運命を選んで生きる!」


 レオンは踵で合図し、馬型が地を蹴る。白い刃が音もなく伸び、赤い刃と交差した。

 キィン――。


 火花が弧を描き、二人の間に赤と白の円が咲いた。





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