第23話 王女咆哮(血の意味:ソフィア+編)
ノクティウスの赤い剣が、今にもレオンを貫かんと迫る。
「さあ、我が息子レオンよ。ゼウス家の血を守るのだ。俺と共に宇宙を統治するのだ!」
赤い刃先は妖しく光り、闘気とともに金属を震わせていた。瞳は蒸気のような吐息に隠れて見えないが、確かな殺意が空気を震わせている。
レオンの心臓は激しく打ち、汗が額を伝い落ちた。視界の端で、甲板に落ちた血が黒く乾いていくのが見えた。
レオンは、死中求活の中で腰のナイフを思いだす。
「レオン!これが最後だぞ!」
レオンは奥歯を噛みしめ、ナイフに手をかけようとした――その時
――閃光
レオンの視界が一瞬、閃光で白く染まった。
夜空を裂くような鋭い光線が、ノクティウス号の後部を貫いた。
ドオォォン!!
機体が震え、床が揺れる。金属が悲鳴を上げ、床板の隙間から白煙が漏れた。
警報音が響き、艦内の光が赤く点滅する。
衝撃に身体を持っていかれないよう、レオンは必死に踏ん張りながらも、耳の奥で自身の鼓動と船体の軋みが共鳴するのを感じていた。焼けた匂いが鼻を刺し、耳鳴りが長く残る。
「なっ……?」
ノクティウスがよろめく。
その隙を逃さず、レオンは右腰のナイフを抜き、風を切って放つ。一直線に――
ノクティウスの顔面へ。
ガッ!
刃が額を撃ち、血飛沫が飛んだ。
上空では光の帯が走った。雲を割るように、大気が引き裂かれていく。
そして現れたのは――白銀の翼をもつ巨大艦影。
雲間から姿を現したそれは、まるで翼を広げた天使のようだった。白銀の外殻に星の光が反射し、幾筋もの航跡が尾を引いて煌めく。長大な船体には艦隊の紋章が刻まれている。太陽と三日月の図形から白銀の翼があしらわれていた。
大型の砲口が静かに狙いを定めている。
その威容に、見上げる者の胸には、計り知れない安堵と期待が同時に湧き上がった。
「――あれは……!」レオンが呟く。
地上からカレンも、その艦を見上げていた――
※ ※ ※
――セラフィム号船内
ブリッジでは、白銀のマントを翻したソフィアが、怒りと決意をたたえた姿で立っていた。
ブリッジの空気は張り詰めている。計器類の光がパネルを照らし、乗員たちは額に汗を浮かべながらも迅速に手を動かしていた。ソフィアの背後では、画面に映し出された戦闘データが次々と更新され、艦内通信のざわめきが低く響く。彼女の言葉一つひとつに皆が全神経を集中させ、緊張に満ちた指先が機器を操作する。
ソフィアが咆哮した。
「主砲≪セラフィムブラスター≫ 連続放射準備!」
「全エネルギーを収束。ターゲット:前方の暗黒艦!」
「注入率……90、96、98、――99。完了しました!」
ハヤセは引き金を握りしめた。
「……撃て――!」
ギュィィィン――ッ!
ズドォォォン!!
艦が震える。
砲門から放たれた高密度のエネルギーが、ノクティウス号を貫いた。
照射された光束は轟音とともに闇を裂き、青白い尾を引きながら敵艦の装甲を溶かし破砕する。衝撃波がセラフィム号の船体に返り、床や壁が震動した。その熱と眩さに、オペレーターたちの顔が一瞬凍りつくが、誰も目を逸らさない。
敵艦の外壁がひび割れ、炎と煙が吹き出す様子が画面に映し出され、歓声とともにまた別の指示が飛ぶ。
「敵艦シールド、急速に低下中!左舷に火花、外装装甲が剥離しています!」
「このまま押し切る。追撃砲、連続照射!すべてのエネルギーを重火器ラインに注げ!」
ズゴォーーーン!
ドドォーーーン!
ゴウッ……ギィイインッ!!
状況が矢継ぎ早に報告される。
「敵艦、後部推進器に火災発生!」
「目標、制御不能です!」
だが、敵艦はまだ沈まない――。
ソフィアが指示を飛ばす「敵艦ブリッジに生命反応を確認せよ!」
ファランが即答する。「ブリッジに生命反応はありません。自動制御中のようです」
(カレンは乗っていないのね)
ソフィアは静かに、そして鋭く命じた。
「セラフィム号、手動操縦に切り替え。艦首を敵艦ブリッジへ――衝角展開せよ!突撃します!」
ミレイのツインテールが振り返る。
「えっ!艦長、それは……!」
「被害は最小限に抑える。船体制御は私が行うわ。ここで終わらせる――もう逃がさない、ノクティウス!」
艦内に警報が鳴り響く。各区画で揺れに備えるアナウンスが繰り返され、乗員たちは椅子のベルトを締め、手すりに掴まった。ブリッジの窓には、炎を噴き上げるノクティウス号が目前に迫り、乱れ飛ぶ破片が船体を横切っていく。
ソフィアは深く息を吸い込み、操舵輪を強く握る。船体の重みと抵抗を全身で感じながら進路を微調整した。
その動きは荒々しい突撃の中にも、どこか優雅な覚悟の所作を宿している。
「総員、衝撃に備えよ。カウント開始!」
「10、9、8……」
ソフィアは静かに呟いた。
「あなたの罪、今ここで裁く――リュシウス・ゼウス。リュミエールの名のもとに」
「3、2、1――!」
セラフィム号が唸りを上げて加速。
艦首はノクティウス号のブリッジを真正面から貫いた。
――衝撃
――閃光
――轟音
空が震えた。
漆黒の戦艦がゆっくりと崩れ、爆炎に包まれて沈んでいく。爆風は夜空に巨大な火花を散らし、衝撃波が雲を押し広げた。幾千もの破片が炎とともに舞い、やがて落下しながら黒い雨のように海へ吸い込まれていく。
一瞬の喧騒の後、周囲には震えるような静寂が訪れ、ただ銀河の星々だけがゆっくりと瞬いていた。
「艦長!セラフィム号、軽損傷。船体安定しています」
「……よかったわ。戦闘員、降下準備を。――エルディアの人達を救うのよ!地上戦、準備!」
彼女の声は、もう揺らがなかった。
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