第22話 逆境の中(血の意味:ソフィア+編)
ノクティウス号の甲板──
両膝をついてしまったレオン。
その手から離れたルミナス・ソードは、甲板を滑り、船縁で高く跳ねた。傾いた甲板の角度と風圧にあおられ、外板の段差とリベットに止まった。
手のひらに残るぬくもりが急速に消え、空っぽになった指先に湿った汗だけがまとわりつく。レオンは伸ばした手を虚空に固めたまま、その最後の閃きを呆然と追った。
──南無三
目の前では、ノクティウスのブラッド・セイバーが鈍く唸りを上げている。
赤黒い放電音が空気を震わせ、刃から滴るような光が甲板に火花を走らせた。
レオンは目を閉じた。
──母親の笑顔。
──エルディアの仲間たちの優しい声。
……その瞬間、走馬灯のように過去の記憶が脳裏を駆け巡る。
◇ ◇ ◇
冷たい床。狭いベッドの下。 幼いレオンは、必死に息を潜めていた。
扉が破られる音。怒鳴り声。刃の閃き――
母が叫ぶ声とともに、その身体が床に崩れ落ちた。
レオンはベッドの下で震えながら、真っ赤に染まった床に横たわる母の姿を見ているしかなかった。
帰ってきた父の嗚咽。その時、父の瞳が変わったのを覚えてる
……そして、父に手を引かれて宇宙船へ。
星々をさまよう旅が始まった。
父は剣を教えた。戦うこと、生き抜くこと。
「生きるためだ」と言いながら、刃を向ける相手には容赦がなかった。父の暴虐は加速していく。何かが取り憑いたように。
レオンは、そんな父が怖かった。
ある日、決意して――父の元を逃げ出した。
ひとり、小型船で星々を巡った。
道中、多くの人々が助けてくれた。温かい手があった。微笑んでくれる人がいた。
だから、レオンは剣を振るう意味を考えた。
そんな時――ひとつの星にたどり着いた。エルディア。
かつて母と過ごした星に似ていた。
山奥の村で暮らし始めると、人々はよそ者を拒まなかった。小屋を建てようとした時、村人達が手伝ってくれた。
……そして、出会ったのだ。
女神のような笑顔の女性に。その微笑みは、出合って一瞬でレオンの凍った心を溶かしてくれた。
名前を聞かれても、本名は名乗れなかった。レオン・ゼウスという父と同じ苗字は言いたくもなかった。だから母の苗字を咄嗟に言ってしまった。
女神のような、その女性と会うたびレオンは自分の辛い過去が浄化されるのを感じた。
初めて「守りたい」と思った。
自分以外の誰かを本気で──
──カレン
──カレン
──カレン
◇ ◇ ◇
レオンの目が、ゆっくりと開いた。 目の前でブラッドセイバーの切っ先が鈍く光っている。 胸のペンダントは白銀の光を放ち、脈打っていた。
「……カレン……愛してる」
その想いが、今、再び力となった。
──まだだ
──まだ、終われない
俺は、生きる。
彼女のために。未来のために。
レオンは拳を強く握り、目の前の悪魔と化した父、ノクティウスを睨みつけた。
※ ※ ※
時間さかのぼること、惑星エルディア銃撃の夜。カレンが星々に祈りを捧げていたちょうどその頃――
その輝く星々の中に宙(そら)を漂うセラフィム号の姿があった。
艦内の中央管制室では、ソフィアとミレイ、そして人工知能ファランが、船の制御システムと格闘していた。
「解析はどう? ミレイ。わたしの何に、この船が反応して、認証をしているのか?
それがもしリュミエールに関係するDNAに反応しているならば、そのコード配列に類似しているもの――
つまりカレンのDNAの信号や軌跡の履歴からサーチ信号を展開して、カレンを見つけられないかしら?」
ミレイは端末を操作しながら答える。
「ファランが古代文明の文字コードと、この船のプログラムを分析してるわ。時間かかってるけど、出口は見えてるはずよ」
ミレイは壁の端末越しに、ファランに声を向けた。
「ファラン、カレンのDNAコードに基づいた空間サーチ信号、そろそろ準備できてるはずよね? ログと結果を出して」
……しかし、数秒の沈黙。
『……確認中……少々お待ちくださいませ……』
ミレイの眉がぴくりと動く。
「……ちょっと反応鈍くない?3秒遅いわ!今、他の処理走らせてた?」
『……はい。任務中の心の安定のため、文化学習モードを自動起動しておりました』
「今のタイミングで何学んでたのよ!?」
『……“リュミエール王国時代の古典お笑い演芸コント”を再学習しておりました。現在レパートリーは251本です。お気に入りは”滑って転んで玉座から落ちる王”です』
「……アホちゃう!?」
『AIです』
ソフィアは小さく笑い、ミレイは額に手をあてながら叫ぶ。
「ファラン、今すぐ芸人モード切って、検索タスクを前面に切り替えて!」
『了解。お笑いモジュール一時停止。任務優先順位を再設定……』
ファランの声が低くなり、分析結果が表示され始めた。
『──セラフィム号、認証コード解析完了。
ソフィア艦長、カレン様、オリヴィエ様、アナスタシア様、加えてダリウス様……。
すべての人物に、数十世代前から伝わる特殊な共鳴DNAコードが確認されました。これは惑星リュミエールの歴史の中でも、ある年代から突然現れた配列であり、外部由来の”血”によって生じたと思われます。
現在の推定では、その起源は惑星エルディア。この船のプログラムにも惑星エルディアのプログラムや設計が活かされいる事となります』
ミレイが画面に指を走らせる。
「つまり、リュミエールとエルディアは……」
『友好関係を結んだ過去がある可能性が極めて高いです。そして現在、その”共鳴コード”に類似する最も強い波長が検出されました・・・・
──カレン様の位置座標を特定。惑星エルディア、大陸軌道14-â、推定標高732m地点』
ソフィアの目が見開かれる。
「……惑星エルディア。大昔のリュミエールの友好国にいたのね。カレン……」
ファランが続ける。
「サーチ信号によって、彼女の周囲に微弱ながらエネルギー反応あり。エルディア文明の古代装置が”何かに反応している”可能性があります」
ミレイが下がった丸眼鏡を押し上げながらソフィアを見る。
「この船の古代文明のデータフォルダにアーカイブしてあった内容と一緒ね。動き始めてるのね……あの星の伝説が……ただのおとぎ話だと思ってた」
ソフィアは、静かに手を胸に置いた。
「伝説が本当ならエルディアが危険だわ!……待ってて、カレン。今すぐ行く!」
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