第12話 古代の鍵(翼は開かれた:ソフィア編)
――旧リュミエール王国の研究施設。
かつては誰も立ち入れなかった地下深く、今ではハヤセ・レン、ユリス・ハント、ミレイ・カノンらが黙々と調査と修復を進めている。
その場所は、単なる研究施設ではなかった。
調べを進めるうちに判明したのは――
ここそのものが、未完成の大型宇宙戦艦だったという事実。
「……まだ信じられませんね。これが、宇宙戦艦の中だなんて……」
ハヤセが呟き、埃のついた床に落ちていた金属板をそっと拾い上げた。
リュミエール王国陥落の時、戦艦は完成率80パーセントに達していたようだ。 だがあまりに急な襲撃で、戦力としては間に合わず、王国は滅んだ。
――悔やまれる。
それでも、ミレイのたぐいまれな知識と手腕により、艦は95パーセントまで完成していた。
「あと少し……でも、その”少し”が分からない……」
モニターを見つめるミレイの瞳が、困惑の影を宿す。
メインコンピュータにアクセスしたとき、古代文字のような未知のデータが大量に出現したのだ。
「これ、どこの言語なのかしら……? 解読が追いつかないわ」
そんなある日。
ソフィアがその施設を訪れた。
「みんな!お弁当作ってきたよー」
「やったぁー!ちょうどお腹ペコペコ!」
「……ミレイ、今日はどこまで進んだの?」
彼女の問いに、サンドイッチに伸ばす手が止まった。ミレイは肩をすくめて苦笑する。
「あと5パーセントが、まるで謎なのよ……。ぜんぜん進まない。でも、まだ諦めないわ」
ミレイが続けた。
「そだっ!ソフィア姉さん!あとね、まだ隠された部屋があるみたいなの」
ソフィアが首をかしげる。
「隠された部屋?」
「ミューオン測定器で調べてたら、壁の向こうに空間があるの。だけど、どうやっても扉が見つからない。そんなところが所々にあるみたい。もしかして、リュミエール王国のDNAとか何かで認証するのかなって思ってさ。操舵輪も姉さんじゃないと回らないみたいだし……ついて来てよっ」
二人は施設のさらに奥、封鎖された通路を進む。
奥へ奥へと降りていくと、ひときわ大きな隔壁が現れた。
「ここよ!ソフィア姉さん!」自慢げに壁を指さすミレイ。
「……ここ?ただの壁ね。隠し扉でもあるの?」
ソフィアが、壁の中央にある手の平サイズの円形部分に触れた。その時……
……ギュイーン
円形の円盤がへこみ、そこから縦に溝が出来たと思うと、重いロックがひとつ、またひとつと外れていく音が響いた。
やがて、低く唸るような音を立て、分厚い扉が左右に開いた。
「あっ……開いた……」つぶやくソフィア
「やっぱりねっ!」目が輝くミレイ
中は――薄暗い。倉庫のようだった。
部品や壊れたモジュール、曲がった鉄板。
「……ガラクタ置き場?」
ミレイが肩を落とす。
ソフィアも小さく息をつき、視線をめぐらせた。
その時だった。
かすかな青い光が、積み上がった部品の隙間で瞬いた。
「……今、光った?」
「ええ、あそこよ……!」
ミレイが駆け寄り、部品をかき分ける。
そこには――丸い球体と、青いランプが光っていた。
点いたり消えたりを繰り返している。ゆっくりと、瞬きをするように……
ミレイが慎重にその球体を引き出すと、それは人型ロボットだった。
「……あなた、何者?」
ミレイは眉をひそめ、そして思わず小さく笑った。
「ふふ、子どもぐらいの大きさね……猫型ロボットじゃないみたいだけど」
丸い頭、寸胴な体。
埃にまみれて眠っているが、胸のあたりにはリュミエール王国の紋章が刻まれている。
両肩には小さな翼の意匠。丸く青い瞳が、微かに早く瞬いた。
「もしもし……君は生きてる? 聞こえる?」
「脈はあるみたいね。ミレイ先生がなおしてあげる……」
ミレイがパネルを開き、各部を調べる。
「電力系統……まだ生きてるはず……よし、ここに――」
彼女が短いケーブルを差し込むと、胸のライトがふっと強く点り、ゆっくりと点滅を繰り返した。
「……息をしてるみたい……」
ソフィアがそっとつぶやく。
ピーピー……ピ、ピ……
突然、ロボットの腕がわずかに動いた。
次の瞬間――青い瞳がぱっと開き、頭部がこちらを向いた。
「きゃっ!」
ソフィアが思わず声を上げる。
「動いたわ!」
ミレイの頬が興奮で紅潮する。
「ガ……ヴォル、エル、クルス……チィ、ガナ……」
訳の分からない言葉をしゃべりだすロボット。
「しゃ、しゃべった!!」
二人は顔を見合わせ、喜びと驚きで笑みを浮かべた。
ミレイは身を乗り出し、大きな声で呼びかける。
「もしもーし! この言葉、分かりますかー?」
数秒の沈黙の後――ロボットの口から、はっきりとした言葉が響いた。
『おはようございます。私は「ファラン・グリム」。リュミエール王国に仕えるようにプログラムされています』
「……! わ、分かるのね!」
ソフィアの目がぱっと輝く。
ファランは小さく首をかしげ、胸のモニターをちらちらと点滅させながら、
『艦内温度 15.7度、湿度 63%、酸素濃度 21.1%、セクション4C 電圧 72パーセント、動力炉ベータライン負荷値 87パーセント……』
と、矢継ぎ早に数字を読み上げていく。
『ちょ、ちょっと待って、ファラン!落ち着いて……!』
ミレイが慌てて声をかけるが、ファランは首を傾けたまま……
『外殻強度指数 92.6、推進系統ブロックC 状態A、冷却液残量 47.3パーセント……』
とさらに報告を続けた。
「……すごい……生きてる……!」
ソフィアは目を見開き、思わず息をのむ。
ようやくファランが報告を切り上げ、ゆっくりと顔を二人に向けた。
『質問をどうぞ』
ミレイは息を整えながら問いかける。
「……ファラン・グリム。あなたは、何をしてるの?どうしてここにいるの?」
ファランの青い瞳がゆっくりと瞬き、柔らかい声が響く。
『私は、古代言語の分析・翻訳のために開発されました。新型にデータは移行しています。こちらで休憩するように指示されました。』
そう答えると、また胸のライトが点滅し、
『艦内温度 15.8度……推進系統ブロックD 状態B……古代言語モジュール 稼働率 56パーセント……』
と、またもや計測データを次々と読み上げはじめた。
「……ミレイ、これ……!」
「ええ、姉さん……!」
顔を見合わせる二人の瞳に、光が宿る。
「やった……! この子なら、古代文字を読んでくれるかもしれない……!」
二人は胸の高鳴りを抑えきれず、青い光をたたえ、しゃべり続けるファラン・グリムを見つめ続けた――
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