第13話 掛け合い(翼は開かれた:ソフィア編)


 ――それは、偶然のようで、きっと必然だったのだろう。


 ソフィアとミレイが、研究施設の最奥に隠されていた区画を発見してから数日後。

 メインフロアの奥にある、使用されていなかったコールドスリープルームが稼働を再開した。

 「こっちは完全に閉ざされていた場所よ。温度センサーも反応しなかったのに……」

 モニターを見つめながら、ミレイは小さく眉をひそめた。

 室内は薄い霧に包まれ、冷気が静かに流れている。

 その中央に――まるで宝石のような球体カプセルが静かに横たわっていた。

 「……これは、冷凍睡眠装置?」

 ソフィアが歩み寄り、曇った透明パネルをそっと拭った。

 

 その内側にいたのは――

 大きな目と丸い額、小さな手足に、ふわふわとした毛並みをまとった、小動物のような姿。

 それは、まるで夢の中のぬいぐるみのように愛らしく、胸元に埋め込まれた微かな光が、かすかに点滅していた。

 「……生きてるわ」

 ソフィアが、驚きと優しさを含んだ声でつぶやいた。

 「この子……どこから来たの? 王国の記録にも載っていなかったのに……」

 

 ミレイは慎重に装置のパネルを操作し、生命維持装置を操作する。

 緑色のランプが灯り、低くやさしい起動音が室内に響いた。

 ピ――……ピ、ピピ……


 ふいに、中の生物の小さな目がうっすらと開いた。

 丸い体が微かに震え、かすかな声が響いた。

 「……ルゥ……」

 ミレイとソフィアが顔を見合わせた。

 「いま、なんて言った? “ルゥ”って?……」

 

 次の瞬間、小さな体がそっと動き、背中の羽根でふわりと浮かび上がった。

 そして――まるで迷子の子どもが母の胸を探すように、ゆっくりとソフィアの肩にとまり、小さく震えながら身を寄せた。

 「……あなた、わたしのこと……知ってるの? あなた、名前は?……そうね……《ルゥ》でいい?」

 ソフィアがそっと問いかける。

 ルゥは、くるりと宙に浮かび、ピィッと短く鳴いたあと――

 そのまま、ふわりと彼女の肩に戻り、満足そうに体を丸めた。


 「ふふ……なんだか、また仲間が増えたみたいね」

 ミレイの声には、驚きと少しの安堵が混じっていた。


 ※ ※ ※


 『翻訳モジュール、現在の古代文字解析の進捗――67.2%。追加データの補完が必要です』

 ファラン・グリムの胸部ランプが点滅し、くぐもった機械音と共にまた数値が読み上げられた。

 「ふふっ、また始まった……」

 ミレイは小さく笑いながらも、手元のパネルでファランの反応を観察している。

 「すっかり賑やかになったな」

 背後から現れたユリスが、軽く肩をすくめる。

 ユリスがソフィアに尋ねる。

 「なにか進展は?」 

 「ファランの解析で、この艦の登録情報も復元できたわ」ソフィアが答え、コンソールの画面を示す。

 「この艦の正式名称は『セラフィム号』――”熾天使≪してんし≫”を意味するみたい。光と純粋さを象徴し、天を守護する存在。かつてリュミエール王国が、この艦を平和の象徴として命名したらしいわ」

 

 その時、ファランの瞳が淡く光を増した。

 『追加報告。王国襲撃時に傍受した暗号通信を解読しました。

 識別コード“NOCTIUS”。通信の送信元は黒い戦艦。艦名は“ノクティウス号”。

 さらに艦長らしき人物が、自らを“ノクティウス”と名乗っていたようです』

 

 「ノクティウス……」ソフィアが低く繰り返す。

 ミレイが補足する。「古い言語で“夜”を意味する言葉よ」

 ユリスが息を吐いた。「黒い仮面の船と男……その名がノクティウスってわけか」

 ソフィアは一瞬だけ目を伏せ、静かに言った。

 「夜の名を冠する者……不吉ね」

 

 ミレイがタブレットを操作しながら報告する。

 「あとね。搭載されていたデータは、主に航行ログや星図の解析結果よ。古代文字の解読も進んだわ。どうやら私たちよりも遥かに進んだ文明の知恵が、この艦の設計やプログラムに活かされているみたい」 

 ファランが淡々と説明する。

 「先ほど、本体制御の解析が更に進みました。システムの一部には、自己修復プログラムが組み込まれているようです。損傷部位を分子スキャンし、内部に蓄えられたナノ構造体を自己組成制御アルゴリズムで再配列――いわば素材そのものを再生する仕組みのようです」

 「ちょ、ちょっと待って」ミレイが手を挙げた。「ファラン、それってつまり……この戦艦、壊れても自分で直せるってこと?」

 『はい。推定自己修復能力は損傷率50%まで対応可能対応可能。その際の必要エネルギー量、約24テラジュール――反物質炉一基でおよそ二時間分の出力に相当します』

 「単位でかっ!」すぐさまミレイが突っ込む。

 「……小都市を一瞬で吹き飛ばせるくらいってことか」ハヤセが険しい顔でつぶやく。

 「でもすごいわね……古代人の知識が、こんなかたちで残っていたなんて」

 ソフィアはふと、遠くの空を見上げるような表情をした。

 「ミレイ、古代文字は?どの程度解読できてるの?」

 「古代文字の解析は、まだ60%ぐらいかな。でも構造がわかってきたから、今後は加速度的に進みそう」

 

 「うん……でも、あれね」

 ミレイがパネルを見つめながらぽつりと呟く。

 「ファランの論理的な報告、なんか……ボケてるみたいに聞こえるのよね」

 『ボケ? 私はボケていません』

 ファランがすぐに反応した。

 「いや、そうじゃなくて。あくまで言い方の問題。論理的なんだけど、意図的にズレてるような……」

 『……なるほど。“ボケ”、新しいデータカテゴリを取得。定義:意図的または無意識に会話の主題をずらす言語的行為』

 「ちょ、辞書化したの!?」

 『開始:ボケ演習モード』

 ファランの瞳がひときわ明るく輝いた。

 「やめて、それ絶対なんか始まったでしょ!」

 『では、例題:ソフィア様の髪型、風速4.6m/sにより本日19%増量されております』

 「どこの美容師ロボだ!あんたは!!」

 ソフィアも思わず笑いながら応じる。

 「ちょっと、風で髪が増量ってどういうことよ……」

 『ツッコミ反応あり。成功。記録保存』

 『この反応、非常に良好。次に、各言語パターンの照合に入ります』

 「え!?」

 『“ボケ”の語源および活用例の検索中……』

 ファランの瞳が一瞬スキャンモードに切り替わる。

 『惑星コード GA.-Sol.-3 のアーカイブデータに、典型的な演算パターンを確認』

 「惑星って……どこ!? ていうか、それ宇宙の漫才文化なの?」

 『Sol.-3 カンサイ文化は、高頻度で”間”と”テンポ”を重視する傾向。応答速度により効果が上下』

 『突っ込みとの連動性分析開始。笑いの間と”すべり”の確率を比較中――』

 「なにその統計解析!」

 

 そして――突如、ファランが小さくうなずいた……

 『なんでやねん!』

 「言ったーーー!!」

 『惑星S-3 カンサイパターン、適用成功。ユーザー反応:驚愕と困惑の混合。これは……有効なユーモア手段と判断』

 「判断しないで!ていうか、誰が教えたのそんなの!」

 『セラフィム号のサブネットから、惑星S-3旧データを参照。さらにミレイ様が昨晩閲覧していた”異文化交流バラエティ”より抽出』

 「やめて!ほんとに!そのログ消してぇえええ!!」

 『保存完了しました』


 「保存すなああぁぁぁ!!」

 見事なミレイとソフィアの同時突っ込みが艦内にこだました。


 4.5秒たってファランが冷静にしゃべった。



 『もう、ええわ』





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