第9話 砂の荒野(王の娘:ソフィア編)
──青い空を駆け抜ける白銀の光
小型の偵察機で飛び立ったソフィア、ミレイ、ハヤセの三人は惑星リュミエールを上空から偵察していた。
惑星の外れにぽつりと集落が見え、ソフィアは操縦席で身を乗り出した。
ミレイが目を輝かせながら言う。
「パトロール兼ねて降りてみよっ!のど乾いちゃったしー」
「……ここまでは、あの黒仮面の艦隊の襲撃は受けていないはずね」
ソフィアが頷きながら自動操縦のスイッチを切り替えた。
ハヤセが目を細め、遠方を見渡す。
「だが……油断はできないな」
ゆっくりと偵察機は集落のはずれに着陸した。三人は慎重に降り立つ。
タンブルウィードがメインストリートと思われる道を転がっていく。
三人は砂埃が舞う町を慎重に歩む。
しかし、どこかおかしい。耳を澄ませても、人の気配がない。
「……誰も、いない……?」
バーのような店に入るが、何かから急に逃げたかのように、飲みかけのグラスは倒れ、物が散乱していた。
ミレイが周囲を見渡し、眉をひそめた。
「おかしいよ、さっきまで誰かがいた痕跡はあるのに……」
ソフィアは、地面に転がる皿や散らばったガラス片を見て息をのむ。
「……襲撃されてる……黒い仮面?……」
ハヤセが銃に手をかけた。
「つい最近だな、これは」
ソフィア達は、店の外に出ようとスイングドアを開けた。
その時だった。
赤い光線が閃光となって飛び出し、ソフィアのすぐ横を音もなく通り過ぎた。わずかに焦げ付いたマントの裾が、熱で縮れる。
「――危ない!」ハヤセがソフィアの腕を引き、三人は建物の中に飛び戻る。
空気が張り詰める。周囲に潜む気配。赤い閃光の残像が、壁に焼きついているようだ。
「シーフたち……盗賊団だわ」
ミレイの声がわずかに震えた。かつて彼女自身も復興を手伝っている町で襲われたことがある。その時、救ってくれたのがハヤセだった。
ハヤセは無言で、腰からリュミエール・ブラスターを抜き放った。それは王国軍の標準装備である、鈍く光る金属製の拳銃型レーザー銃だ。彼は片手で重厚なグリップを握りしめ、冷たい銃身に刻まれた照準を敵に合わせる。
「……建物の上から狙ってる」
「来るわ!」
次々と撃ち込まれる閃光。ソフィアもブラスターで応戦する。
銃身に取り付けられたエナジーパックが青白い光を放ち、ハヤセとソフィアがトリガーを絞るたびに、連続した電子音が空気を切り裂く。圧縮されたレーザー弾が、熱と衝撃波を伴って次々と放たれる。
だが、赤い閃光は徐々に増えていくようだ。
「……まずい、数が多い!」
ハヤセがソフィアとミレイを促し、三人は入り口から離れ、窓の下の壁にかがむ。
息を整えるが、窓の外に敵影が見えた。
建物の影が動き、その中に身を潜めるシーフたちの姿が浮かび上がっては消える。
「……囲まれている」
静寂に包まれた集落で、砂を踏みしめる『ザリ、ザリ』という足音だけが、じわじわと近づいてくる。
ソフィアは腰のエトワールソードに手をかけ、ゆっくりと抜き放った。
「こんなところで……私は負けない」
青い光が静かに刀身を走り、空気がわずかに震えた――。
その時だった。――ビシュッ!
乾いた銃声が空気を裂き、建物の上から赤い閃光が散った。
狙撃されたシーフが短い悲鳴をあげ、屋根の影から崩れ落ちる。
「……えっ?」ミレイが思わず声を漏らす。
さらにどこからか、鋭い光弾が矢継ぎ早に飛来する。物陰に潜んでいたシーフたちが次々と撃ち抜かれ、砂煙とともに崩れ落ちていった。その狙撃は迷いがなく、正確無比だった。まるで集落全体が巨大な照準の中にあるかのように。
「援護射撃……?」
ハヤセが低くつぶやき、周囲を見渡す。だが、建物の上にも、通りの向こうにも、人影は見えない。ただ、次々と赤い光が散り、敵の影がひとつ、またひとつと地に沈んでいく。
最後の一人が倒れたのか、あたりに一瞬の静寂が訪れた。
耳に残るのは、熱を帯びたブラスターの微かな放電音と、遠くを吹き抜ける風の音だけ。
「……今の……いったい……?」
ソフィアはエトワールソードを握ったまま、息を整える。ハヤセも肩を上下させながら、銃口をゆっくりと下ろした。
ソフィアは赤いスカーフを窓から振ってみる。
何も反応は無いようだ。
「……外に出てみましょう」
ソフィアの言葉に、三人は慎重に建物の外へと足を踏み出す。
「狙われてるかもしれない。気をつけて」
砂塵の中、倒れたシーフたちが静かに横たわっている。どれも急所を正確に撃ち抜かれていた。
「……誰が……?」
ミレイが呟き、風に髪を揺らした。柱の陰からゆっくりと歩み出る。
「もう撃ってこないようね……ありがとう……誰かは分からないけれど」
ソフィアは小さくつぶやき、エトワールソードを鞘に戻した。
──集落の静寂の中
遠く、低くうなるような音が風に混じった。
砂をかき分けるように、地平線の向こうから白い筋がのびてくる。
その筋はやがて、砂丘を越えてこちらへと近づいた。乾いた砂が、波のように左右へと割れていく。
まるで見えない刃が砂原を切り裂くように。
「……誰……?」
ミレイが息をのむ。
その影は、まだ遠い。太陽を背に、低く地を這いながら、波立つ砂煙を引き連れている。
誰なのか、何なのか、判然としない。ただ、確実に――こちらへと近づいてくる。
ソフィアは剣の柄にそっと手を添えたまま、青い空を仰いだ。
風が一陣、彼女たちの頬をかすめる。
……そして、その音は少しずつ、はっきりと耳に届き始めていた。
浮遊バイクが砂を割りながら近づいてくる。
白い砂煙を左右に散らし、軽やかに停止した。
ハヤセはすぐさま前に出て、銃を構えたまま声を張る。
「……何者だ?」
男は片手を上げ、軽く笑った。
「おいおい。落ち着けよ、俺は敵じゃねえ」
「なぜ俺たちを助けた?」
ハヤセの問いは鋭い。指先にはまだ警戒の気配が残っている。
その男は口を覆っていたフェイスカバーをゆっくり外し、ゴーグルを頭にづらした。
男は肩をすくめ、少し茶化すように答えた。
「俺はユリス・ハント。ただの流れものさ。あのな、あんなピカピカで派手な乗り物に乗ってたら、そりゃ目立って訳さ! シーフにも狙われるし、俺にもすぐ見つかるって事よっ!」
「派手な乗り物? これはリュミエール王国の船だぞ!」
ハヤセが言い返すと、ユリスは目を見開いた。
「王国?もしかして……あんたがソフィア姫か」
ソフィアは静かにうなずいた。
ユリスは胸に手を当て、深々と頭を下げる。
「俺は流れ者だが、姫様の噂はあちこちで聞いてる。国の復興を手伝ってくれてるってな。自分も辛い事があったのに……俺の故郷の村にも食料を運んでくれたそうだ。……ありがとよ」
「こちらこそ……助けてくださってありがとうございます」
ソフィアがやさしく微笑むと、ミレイが目を輝かせて前のめりになった。
「でもどこから撃ってたの? さっきの狙撃、すごかった!」
ユリスは親指で後ろを指す。
「2キロ先の小高い丘の上さ」
「2キロ!?」ミレイが目を丸くし、ソフィアも思わず息をのむ。
ユリスは得意げに笑った。
「3キロ先のコインでも、ど真ん中を撃ち抜けるぜ」
「……すごい……」ソフィアの瞳がきらめく。
その視線にハヤセがわずかに眉間を寄せた。
ハヤセは静かに銃を持ち上げ、低い声で言った。
「だが……2秒でワンコインぐらいだろう? 俺なら1秒で5つのコインを撃ち抜くぜ」
ユリスが目を丸くして笑う。
「へえ、言うじゃねぇか。そいつは見てみたいもんだな!」
二人の間に、一瞬火花が散ったような空気が走る。ミレイが慌てて両手を広げ、場をなだめるように笑った。
「まあまあっ! 二人ともすごいんだから、どっちが上とか気にしないで!ねっ!ソフィア姉さん!」
ソフィアは苦笑しながらも、その2人のやり取りを頼もしく感じていた。
ミレイがすかさずユリスに向き直る。
「ねえユリス、その腕を王国のために使わない?一緒に王国を滅ぼした黒仮面と戦ってほしいの!」
ユリスは少し黙ってから、真剣な表情に変わる。
「……あの日……親を黒仮面にやられた。村も、家も、全部失った。……だから狙撃の腕を磨いたんだ。俺はいつでも戦える。この腕が役立つなら……仇を撃てるなら、どこでも行くぜ」
ソフィアは静かにうなずいた。
「……ありがとうございます、ユリスさん。これから、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
ユリスは笑って親指を立てる。
ハヤセはそんなやり取りを横目で見ながらも、わずかに目を細め、言葉を飲み込んだ。
その瞳の奥には、警戒と同時に、確かな期待の光が宿っていた。
※ ※ ※
ユリスは浮遊バイクを大事そうに偵察機の後部カーゴに積み込んだ。しっかりと固定すると、肩に荷物をかけて戻ってきた。ハヤセと短く視線を交わす。
ミレイは、副操縦席て計器をチェックし、ソフィアはゆっくりとコクピットに座った。
「じゃあ……帰りましょう。王国へ」
重力推進装置が唸り、銀の機体が砂漠の風を巻き上げながら浮かび上がる。陽光を受けて船体がきらめき、青い空へと昇っていく。
「……こんな誇らしい乗り物、初めてだな」ユリスが呟き、ハヤセは横で小さく鼻を鳴らした。
「ピカピカで派手でも、誇らしいだろ。この船にはリュミエールの希望を乗せてるんだ」
白銀の偵察機は静かに高度を上げ、地平線の向こうへと進んでいく。
――父の国へ。新たな仲間と共に
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