第8話 研究施設(王の娘:ソフィア編)
――剣を学び始めて2年。
ソフィアは17歳になっていた。
少女時代はやせ型だったが、王国復興と武術鍛練の末、しなやかな筋肉質でメリハリのある体へと成長した。
かつて城があった場所。その裏山の細い獣道を、三人の影が歩んでいた。秋の風が王国の裏山を渡り、かつての戦火の残り香をそっと洗い流すように木々を揺らす。
先頭を行くのはダリウス。
その腰に下げられた剣――《
その後ろにはソフィア
ソフィアは、青い髪飾りを風に揺らしながら進む。
ソフィアの後ろには、ツインテールを揺らす少女、ミレイ・カノンの姿があった。
ミレイは王国の研究施設で働いていた父の意思を継ぎ、自分は復興の為の技術研究に取り組んでいた。ソフィアを「姉さん」と慕い、今では無くてはならない王国の頭脳だ。
「ねぇ~、お弁当はまだぁ? こんな山道、理系女子の来るところじゃなぃ~……ソフィア姉さんの頼みじゃなかったら、絶対来ないんだから!」
ミレイは、汗でズリ落ちる丸い眼鏡をあげた。その声の半分以上は、ソフィアへの甘えだった。
「ごめんね、ミレイ」
ソフィアは振り返り、優しく笑う。
「もうすぐよ。たぶん。あなたのお父上が働いていた場所……」
その言葉に、ミレイの瞳がわずかに揺れ、黙ってついていく。
やがて山の裏手に差しかかる。
ダリウスが急に立ち止まり、岩陰を見つめた。
「……あった」
指さした先には、小さな洞窟の入り口。苔むした岩と絡まる蔦に隠され、獣すらも足を踏み入れぬ静寂がそこにあった。
「入るぞ……」
ダリウスは鞘から剣を半ば抜く。
途端、刀身に刻まれた紋章が微かに脈打ち、精神に応えるように白銀の光がほとばしる。その光は冷たく澄んでいて、まるで月を切り取ったような神秘的な輝きだった。
ソフィアもエトワールソードを抜く。握りに散りばめられた青い宝珠が淡く息づき、刃先から静かな碧の光がこぼれる。
二本の光が闇を裂き、湿った通路の石壁を照らした。
ときおり水滴が落ちる音が響き、三人の足音が吸い込まれていく。かすかに古い油の匂いと、金属が冷えた匂いが鼻をかすめた。
しばらく進むと、岩肌の奥に金属のパネルが現れた。ダリウスは眉をひそめ、指でその表面をなぞる
「うむ……老いぼれと言われても、記憶力は……パスワードはたしか……ええと……」
「ボタンは?……パスワード……ん?」
と、装置に指が触れた瞬間――
――ピッ。
電子音と共に、パネルが光り、重い扉が勝手に開いていく。
「……え?」
ダリウスが片目を丸くした。
「……なんと……生体認証か?」
ソフィアとミレイが顔を見合わせ、同時に吹き出した。
「開いたじゃない! 記憶力は確かね、ダリウス!」
ミレイはケラケラと笑い、ツインテールを弾ませる。
「やるじゃない! さっすが、パスワードちゃんと覚えてたのね~!」
「……からかうでない」
ダリウスは小さく咳払いし、再び歩き出した。
ソフィアも笑顔を見せ、剣の光で足元を照らす。
──さらに奥へ
通路は長く、所々で古い鉄の梁がむき出しになり、遠くで風が鳴る音がする。
ミレイはふらりとソフィアの肩に体重を預け、ぐったりとした声を上げた。
「……ねぇ、姉さん、そろそろお弁当にしようよぉ……もう、お腹空いて力が出ないんだけどぉ……」
「あと少しよ。きっと見つかるわ」
ソフィアが励ますと、ミレイはまたぶつぶつ言いながらも歩を進めた。
やがて、もう一つの認識装置が現れた。
ダリウスが再び手をかざすと、静かな駆動音を残して重厚な扉が横に開く。
その先――
三人は思わず足を止めた。
「……ここが……研究施設?」
ソフィアが小さくつぶやく。
壁一面に並ぶパネルは、薄い埃に覆われながらも、どこか息づくような気配を残している。無数の計器が暗がりの中でわずかに青く反射し、長い眠りに落ちていた巨人が目を開けようとしているかのようだった。
ミレイはメガネを押し上げ、目をきらきらさせて近づく。
「なにこれぇ~、見たことない規格!やだもう、私、こういうの触るとゾクゾクしちゃうのよねぇ……でも埃っぽっ……けほっ!」
ソフィアは思わずクスっと笑い、ダリウスはゆっくりと室内を見渡した。
その中央に鎮座していたのは――
丸い、太陽を象ったような巨大な装置。鈍い黄金色の枠が円を描き、その中心には淡い紋様が刻まれている。
その存在感は、静かに、しかし確かに三人の心を引き寄せた。
ソフィアは無意識に、その装置へと手を伸ばした……
太陽をかたどったペンダントが僅かな光を反射した。
――キュイーーン
鋭い音が響き渡り、三人の肩がびくりと跳ねる。
「ちょっとぉ! 勝手に触っちゃだめよ、姉さん!こういうのは技術担当の私の――って、……あれっ……?」
ミレイの声が裏返った。
装置が淡く光を放つと、周囲の計器類がぱちぱちと明かりを灯しはじめた。
長らく沈黙していた室内の照明が、一つ、また一つと順に点き、やがて青白い光が天井全体を包み込んでいく。壁や床のラインがほのかな光を帯び、暗闇の輪郭を静かに押し広げていった。
正面には、ゆるやかな弧を描く巨大な窓がいくつも並び、奥へと続く壁面を切り取っていた。
静かだった空間に低い振動音が流れ、まるで息を吹き返したかのような温もりが満ちていく。
「……ここって……研究施設じゃ……ない?」
ソフィアがつぶやく。
ダリウスは眉を寄せ、周囲の計器の配置を改めて見やる。
その空気、その静かな唸り音――かつて戦場で耳にしたものに似ている。
「……これは……操縦装置だ。ここは……船。……宇宙船だ」
「ええええーーっ!? 宇宙船!? 宇宙船なの!?」
ミレイのツインテールがぶんぶん揺れた。
「私、研究施設のつもりで来たんですけど!? ちょっと待って、それなら私もっと準備してきたのにー!」
あまりの勢いにソフィアは思わず笑ってしまう。
光に包まれる中、ソフィアはそっと舵輪を握りしめた。舵輪はソフィアのDNAに反応するように光を放つ。
金属の中に、なぜか幼き頃に父と手をつないだ温もりを感じた。
「……お父様……ここは……」
胸の奥で、何かが静かに目を覚ます。――そんな感覚があった。
王国の裏山に眠っていたのは、ただの研究施設ではなかった。
遠い宇宙へと続く、秘密の宇宙船だったのだ……
※ ※ ※
――町外れ。橋の建設現場。
ソフィアとダリウスは、復興を手伝う人々に混じって杭を運び、縄を張っていた。
風に土と木の匂いがまざり、遠くで子どもたちの笑い声が聞こえる。
「ダリウス、こっちは任せて!」
「承知しました、姫様」
額の汗をぬぐったソフィアは、ふと空を見上げた。
久しぶりに、研究施設へ行ってみよう――そんな気持ちが湧いてきた。
「ダリウス、研究施設に顔を出してくるわ。ずーとミレイだけに、施設の整備と調査を任せっぱなしだもの」
老兵は眉をひそめた。
「……ですが、姫様。橋の補強はまだ終わっておりません」
「ええ、それならダリウスに任せたいの。あなたがここにいれば皆も安心するもの」
ダリウスはわずかに目を細め、静かにうなずいた。
「……御意。お気をつけて」
※ ※ ※
昼休みの時間。
ソフィアはダリウスを現場に残し、ひとり研究施設へ足を向けた。
「ミレイ! 毎日ありがとう。ソフィア姉さんが手作り弁当をつくってきたよー!」
元気な声に振り向いたミレイは、ツインテールを弾ませて笑った。
「わぁぁ~お弁当! ちょうどお腹空いてたとこなの~!」
その横で、倉庫の武器を点検している背の高い男性がいた。漆黒に輝く黒髪、落ち着いた佇まい。
ソフィアは目を見開く。
「あれっ……ハヤセ? ハヤセ君でしょ!
そうよ、王国の祭典の時に、つまんなかったから抜けだした時。一緒に子供達だけで木登りしたでしょ!」
その時の光景がよみがえり、ソフィアは思わず笑みをこぼした。
「覚えていてくれてたの? ソフィア姫様」
「その呼び方やめてって、子供の時も言ったでしょ!」
ミレイが、サンドイッチをかじりながら楽しそうに声を上げた。
「あれれー!知り合いだったのー?なーんだ、あたしがソフィア姉さんに紹介しようと思ってたのにー」
そして、少し誇らしげに続ける。
「ハヤセ先輩は、若い皆で自衛団を結成してあちこちの復興を手伝ってるの。私もそこで助けてもらったんだぁー」
「メカニックやいろいろな武器に詳しいのよ!自分で武器も設計して作っちゃうんだから。そんでもって、ブラスター銃、早撃ちの名手!」
「……そうだったのね」
ソフィアはハヤセを見つめ、胸の奥が温かくなるのを感じた。幼い日の思い出が、ひとすじの光のように戻ってくる。
「そだっ、こっち来て!」
ミレイが小さな手でソフィアを引っ張った。
隣の扉を開けると、そこは小型の格納庫だった。光が差し込む。
そこには白銀の飛行機が、太陽光を浴びながらキラキラ輝いていた。
「偵察用の飛行機みたい。戦闘装備は積んでないけど四人は乗れるよ」
ミレイは胸を張って笑う。
「整備は終わってるから、飛べるよ!さっそく飛んでみよっ!」
ソフィアは思わず息をのむ。ハヤセも機体を見上げ、目を細めた。
――やがて
白銀の小型飛行機が大地の上を低く滑るように飛び立つ。青い空に白銀の軌跡を描きながら、希望の風を運んでいった……
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