第9話

「お兄さん、ご相談があります!」


 公園に入った俺の姿を認めると、榛名ちゃんは小走りに寄ってきてそう言った。まだ胸ポケットから煙草を取り出してないくらい早いタイミング、なんて例え話は伝わりづらいだろうか。


「お、おう。どうしたんだい?」

「実はですね⋯⋯」


 まとめると話はこうだ。動画を伸ばす試みとして普段はアプローチできていない層に届けたい。だけど榛名ちゃんの好きな曲で選ぶと、どうしても若者向けの曲になってしまう。ならばちょうどいい人材がいるじゃないか、と俺に話を持ち込みかけてきたみたいだ。


「というのが千咲ちゃんの考えで。千咲ちゃんもお兄さんに聞くのがベストだって言ってましたし」


 どうやら最上さん、もとい千咲ちゃんの信頼も少しばかりは獲得できていたみたいだ。あの後やっぱりあいつはちょっと⋯⋯、とか言われていたら俺の繊細なハートがブレイクしていたところだ。客先に怒られたりするのは心を殺してやり過ごしているけれど、女子高生に言われたらそりゃもうバキバキよ。


「そういう企画みたいなのは千咲ちゃんの担当なんだね」

「千咲ちゃんは私のチャンネルのブレーンですから! 本当は一緒に踊ってくれたり、歌もすっごく上手なので自慢したいんですけどね。なにより可愛いですし! でも本人にその気がないので⋯⋯」

「まあ、無理強いは良くないもんね」


 それにしても思わず俺が目に止めちゃうような曲か。⋯⋯最近の曲とかは求められていないんだろうな。求められても出せはしないけれどさ。

 そうなるとなんだろうか。最近リバイバルというか、俺がガキの頃に流行ったものが再び商品が出てきているのをよく見るな。当時お小遣いでは変えなかったものを大人の財力で買い占めろってことだろうけれど。

 企業としては正しい選択肢なんだろうけれど、なんか見た時変な笑いが出ちゃったよね、マーケティングとしては正しいのだろうけど、『さあ買え、ほら買え!』って言われているみたいでさ。

 もう平成初期だけでなく、平成中期くらいまではレトロって言われる時代なのかもしれないな。昭和レトロなんて言葉はよく聞くけれど、平成レトロなんてそのうち言われてしまうのかもしれない。なんだったら言われているのかもしれない。今どきはゲームキューブとかPS2とかもレトロゲーって言われるんだろ。容赦なく昔のもの扱いされる、時間の流れって残酷だ。

 今回の相談もそうだけれど、俺も最前線ではいられなくなったのかもしれない。⋯⋯ショックを受けるかと思ったけれど、むしろ流行には学生時代から逆張りしていた俺には関係ないな。そういった意味では、榛名ちゃんも千咲ちゃんも相談相手を間違っているかもしれない。⋯⋯いや、そんな俺ですら知っているものこそ相応しいのかもしれないな。


「あのー、お兄さん⋯⋯。長いこと考えてくれることは嬉しいですけれど、そんな真剣に考えてくれなくても思いついたものでもいいんですよ?」


 榛名ちゃんの言葉で前を向く。おや、そんなに考え込んでしまったか。大半は脱線した事柄だけれど。単純に俺が学生時代に流行ったものをあげておくか。


「50人くらいいるアイドルの曲とかどうかな。それとボーカロイドとかなんか最近音ゲーが出て若い子にも流行っているんでしょ?」

「あー⋯⋯、そのアイドルなら私も知ってます! それとボカロって、お兄さんもしかしてオタクだったりしますか?」

「ふぐっ⋯⋯」


 なんかすげー心に刺さった。大ダメージで砕け散りそうだよ。そりゃ、俺も、理系大学出身として嗜みくらいはありますが。そんなにオタクオタクはしていないと思っているんだけどな。

 というか周りにガチ勢がいたので俺ごときがオタクを名乗るのも烏滸がましい気がする。⋯⋯その発想がもうオタクなんだろうな。


「あれ、どうしました? 私もボカロの曲とか聴きますし、別にオタクでも良いと思いますよ」

「多分榛名ちゃんの世代とオタクに関する捉え方がまず違うんだよね。こう、隠すものだったし⋯⋯」

「そうなんですか⋯⋯。うん、お兄さんのおかげで色々と踊る曲が考えられそうです! ありがとうございます。千咲ちゃんと相談して決めますね。踊ったらちゃんと見てくださいよ!」

「楽しみにしておくよ」


 そう言って榛名ちゃんはまた練習に戻っていく。なんだろう、無駄に傷を負った気がする。俺が気にし過ぎの被害妄想なのかもしれない。だけれども、本物の若いオーラが偽物の俺を焼くんだ。

 それでも、俺の青春時代を榛名ちゃんが見せてくれるのは少しだけ楽しみかもしれない。いや、今からでもワクワクしているほど待ち焦がれている。


 後日、榛名ちゃんのチャンネルで動画が上がった。50人くらいいる国民的アイドルの曲だった。うわぁ、懐かしい。多分最終的に選曲を決めたのは千咲ちゃんだろうな。俺ら世代に刺さる。やっぱあの子はすげーわ。

 榛名ちゃんのダンスも良いんだこれが。正直言ってそのアイドルに特別興味があったわけでもな。そんな俺でも覚えているくらい当時はどこでも見かけたものよ。カラオケで誰もが歌えたくらい。

 榛名ちゃんのトレードマークのポニーテールが曲に合っていて最高でした。水着姿ではなかったけれども、そこに言及するのはセクハラっぽいかな。セクハラという言葉を過度に怖がっている俺なので絶対に表には出さないようにする。違うよ、MV再現の一環だよ。

 致死量の平成を浴びながら、俺はあの子達に感謝をして初めてコメントをした。今日はぐっすり眠ることが出来そうだ。



「お兄さん、バズりましたよ!」

「お、あの曲が刺さったの?」

「はい! 再生数としてはいつもよりは多いけど驚くほどではないかなって感じなんですけれど、コメント欄がいつもは見たこと無いアカウント名だらけでビックリしました!」


 ”平成”が投稿されて数日後、公園で会った榛名ちゃんに嬉しそうに報告をされた。一応相談を受けた俺としては悪い方向に行っていなくて一安心した。心配すぎてその動画の再生数を何回も確認していたのは内緒にしておこう。


「お兄さんと同じ考えの人がたくさんいたんですね。懐かしいってコメントをたくさんもらいましたよ」

「おお! 良かったじゃないか」

「インフルエンサーの方にも取り上げていただいたみたいで、SNSで少し話題になったみたいです!」

「それって一端の有名人じゃん」

「それでですね、このコメントってお兄さんのですよね?」


 榛名ちゃんに見せられたスマホの画面に写っていたのは確かに俺が打ち込んだもの。⋯⋯どうしてバレたんだ?


「ふふん、その反応は図星ってところですかね。正直半信半疑ではあったんです。しかしながらですね、私にはわかってしまうんですよ。⋯⋯千咲ちゃんもわかってはいたので、わたしたちにはわかってしまうが正しいですが」

「そんなにわかりやすいかな?」

「わかりますよ。『良い選曲ですね。頑張れ!』ってコメント。応援の仕方がなんだかお兄さんぽいなって、それでアカウント名を見てみたらシュガーの人って⋯⋯。佐藤のお兄さんじゃん! ってなりました。なんて言うか⋯⋯安直ですね!」

「大空、うるさい」

「千咲ちゃんも言ってましたー。残念でしたー!」


 恥ずかしい、穴があったら入りたい。名前付けって昔から苦手なんだよな。アカウント名とか毎回苦労しちゃう。佐藤だからシュガーって自分でも安直だと思うけれど考えることが1つ減るからつい付けちゃう。多分全国の佐藤さんもそうだと俺は思っているよ。


「じゃあお兄さんに関係ないシュガーの人にも応援されてしまいましたし、もっともっと頑張らないとですね!」

「俺とは無関係の人のシュガーの人に応援されたのは良いけれど、これからも懐メロ路線で行くの?」

「いやー、それはうちのブレーンに止められていまして。あくまで飛び道具だから基本はいつものリスナーを大切にして、たまにやるくらいが良いって言われました!」

「流石ブレーン。色々考えているんだね」

「はい! 私以上に色々考えてくれています!」


 それはそんな元気に言って良いことなのだろうか? まあ、榛名ちゃんにとってはそれほど千咲ちゃんが誇らしいのだろうな。


 たまにくる懐メロ回に期待して、そのための曲を考えておかなければ⋯⋯。次は何にしようか。センスの良い曲、どちらかと言えば榛名ちゃんより千咲ちゃんに認めてもらえる曲にしなければ。


 まあ、こんなお兄さん(おっさんではない)でも榛名ちゃんの役に立てるのならば、それはファンとしても嬉しいことだなって思うよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る