第7話
拝啓、から始まる文の書き方を俺は知らない。でもかっこいいからいつか使ってみたいよな。手紙なんて送る相手はいないけれど。手紙と言えば年賀状もね、中学生ぐらいまではやってた。大人の真似事してさ、同級生の間で送り合ったりしたっけ。高校生になってからは全部スマホで済ませていたな、実際そっちの方が楽だし。年賀状が廃れていった原因がよーくわかるよ。大人になった今でも年賀状を送る相手なんていない、俺が一般的かどうかはわからないけれど。
拝啓、皆々様。この書き方が正しいのかはわかりませんが、俺の気持ちが誰かに届けば良いと思い、頭の中で思考をしています。今俺は絶賛ピンチです。俺史上最大限のピンチです。嘘吐きました、就活が中々上手くいかなくて頭に10円ハゲを作った時の方がピンチでした。とりあえず俺は追い詰められています。今年一番であることは疑いようがありません。敬具。P.S.敬具の使い方もわかりません。
さて、そろそろ現実逃避をしていないで、目の前の脅威と向き合おうじゃないか。そもそもだ、どうして俺がこんなにも焦っているのか、それは榛名ちゃんの他にもう一人の少女がいることに起因していまして⋯⋯。
それはいつも通りの帰り道だった。くそったれな仕事に見切りをつけて、帰宅途中のオアシスに向かった。今日は特に疲れたから缶コーヒーでも買って、吸いながら飲もう。缶コーヒーって微糖でも甘いのとスッキリしたのがあるよな。小さな楽しみでいろいろ試したから缶コーヒーソムリエになれるかもしれない。
眼の前の自販機で買った缶コーヒーを片手に公園に入った時に気がついた違和感。榛名ちゃんの他に誰かいる。最近榛名ちゃんには慣れてきたと思っていたけれど、他の女子高生の登場は聞いていないぞ。こういうところが駄目なんだと頭の中の一ノ瀬が罵倒してきた。なんかムカついたので明日あいつに八つ当たりすることに決めた。
あー、あの子が例の千咲ちゃんかな。こんなにも早くお目見えになるとは思わなかったよ。とりあえずあまりジロジロ見ていても何思われるかわからんし、さっさと煙草吸ったら帰ろうか。
しばらくスマホを見ながら煙草を吸っていると、近づいてくる気配に気がついた。目を上げると、榛名ちゃんと例の女の子がすぐそこまで来ていた。ばっちり目が合ってしまったので、そのまま無視するのもどうかと思い、とりあえず声を掛けてみる。
「やあやあやあ、未成年なんだから煙草なんて吸っちゃ駄目だよ。それとも喫煙所じゃなくて俺に用があるのかい?」
「そうですよ! 最近お兄さんと話すようになったって伝えたら、千咲ちゃんもお兄さんと話してみたいって」
「はじめまして、榛名の友人の最上千咲です」
「あ、どうもはじめまして。佐藤です」
「え、お兄さんの名前初めて知りました」
そういえば名乗ってなかったな。名乗る必要も感じていなかったから。榛名ちゃんの言葉を聞いた時、千咲ちゃんの眉間にシワが寄った気がした。気のせいかもしれないけれど。
「失礼ですが2人はどういった関係なんですか?」
「うーん、同じ公園を利用していて、たまに挨拶する程度の関係ですかね」
「最近は仲良くなってよく話したりもしますよね。たまに差し入れのオレンジジュースもくれますし。それと千咲ちゃんにはなんか固くないですか? 敬語ですし」
なんていうか、圧というかオーラを感じるんだよね。これまで名前しか知らなかったけれど、なんとなく最上さんって言ったほうが良い気もする。そもそも女子高生を名前呼びというのがおかしかったのではないだろうか。なんか榛名ちゃんがすっと懐に飛び込んでくるせいで感覚が麻痺してしまっていたのかもしれない。まあ、榛名ちゃんの苗字知らないけれど。聞くのもなんかあれだしなー、葛藤。
榛名ちゃんの言葉を聞いて最上さんの眉間のシワが寄った。これはもう気のせいなんかではない。女の子がそんな顔したら駄目じゃないか。いや、この言い回しがおっさんかもしれない、反省。
「もしかしてだけれどさ、なんか警戒しています?」
「はい」
短く告げられる。うん、そうだよね。最上さんから出ていたオーラはそんな感じだよね。なんか拒んでいるような雰囲気だよね。でもね、俺はそっちの方が正しいと思うよ。慣れって怖いね。
「お兄さんは大丈夫だよ」
「榛名は無防備すぎなのよ」
「えー、本当に大丈夫なんだけどなぁ」
榛名ちゃんが援護をしてくれているが、最上さんにばっさりいかれている。そこまで信頼してくれて、正直嬉しいけどね。
さて、どうするか。最上さんには正論をもらったけれど、今更帰宅ルートからこの公園を外すつもりはない。喫煙所は俺にとってのオアシスなんだ、これは譲れない。それに榛名ちゃんと話す時間、割と楽しくなってきている自分がいる。だからこれもどうにか継続させたいと思ってしまうな。
それならばここはもう闘うしかないでしょ。
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