第6話

 久々に残業をせずに退勤した。仕事の山も一段落つきそうだったし、なによりも今日はノー残業デーだったからだ。

 俺はこのノー残業デーという制度に甚だ疑問を持っている。まずもってノー残業デーを設定しないといけないということは、それほど残業が常態化している証拠だろう。残業が常にあるならそもそも仕事の総量がおかしいのではないだろうか。

 次にノー残業デーは忙しくなってくると普通に無視されること。そりゃ仕事が残っているのだからやらないといけないことはわかってはいるけれど、決められたノー残業デーはそんな簡単に無視されてもいいものだろうか。

 そして最後にノー残業デーの日は残業が出来ないということだ。先程の話と矛盾しているように感じるかもしれない。しかしながら定時付近でも仕事のキリの悪い時だってあるだろう。もう1時間、せめて30分やれば綺麗に終わる時だってある。そんな時にに限ってノー残業デーを理由に帰らされる。なーんか全部が全部噛み合っていなくて俺はノー残業デーが嫌いだ。


「でもまあ、今日に限っては良かったかもなー」


 忙しい期間が終わり気が抜けているのか、ついつい独り言が多くなってしまう。まあ、公園に誰もいないからいいか。

 あー、今日は煙草が美味い。のんびりとした時に吸う煙草は贅沢の味がする。疲れた時に吸う煙草はそれはそれで染みて美味いけどな。ならば今日も煙草が美味いが正しいのかな。


「あ、お兄さん来てるじゃないですか!」


 ふわふわとした思考は元気な声で吹っ飛ばされた。榛名ちゃんが俺を見つけて駆け寄ってきた。煙草吸っている最中だからあまり未成年は近づいてきて欲しくないなぁ。名残惜しいが深く吸って、まだ半分ほど残るそれを灰皿に投げ入れる。俺は貧乏性だから普段は根元まで吸っているのに。


「お兄さん、じゃないですか。チャンネル名を教えた次の日から来なくなっちゃうし、どうしたのかなって」

「いやいや、毎日この公園には来てはいたよ。残業が多かったから榛名ちゃんのいない、遅い時間だっただけで」

「よかったー、怒らせてしまったのかなって心配していたんですよ」

「うん、なにか怒らせてしまう心当たりがあったのかな?」


 俺が聞くと、榛名ちゃんが露骨に「しまった⋯⋯」という顔をした。表情豊かだな、さすがアイドルを目指しているだけはあるな。

 まあ、十中八九「一般通過おっさん」呼びの件だろうな。怒ってはいない、榛名ちゃんが呼んでいる訳では無いしね。怒ってはいないけれど、慌てている榛名ちゃんが少し面白いのでこのまま問いただす。こちらはポーカーフェイスだ。決して鬱憤をはらしているわけではないぞ。本当だぞ。


「お兄さんが一般通過おっさんって呼ばれていることを知っていました! 訂正もしませんでした! だってお兄さんが映り込んでいると再生数が伸びるので! 私は結構使えるものは全て使う主義です! てへっ!」


 開き直りのようだった。すごい、なんか榛名ちゃんが全面的に正しくて、こちらが間違っているかのように感じる。「てへっ!」はずるいよ。自分が美少女であることを自覚しているムーブだもん。強かだなぁ。


「まあ、モザイクもかけて配慮をしてくれていたし、撮影中に後ろを通ったこちらも悪いわけだし。攻めるつもりはないよ。ただ⋯⋯」

「ただ?」

「おっさんと言われたことにすごいショックを受けていました!」

「あはは⋯⋯、お兄さんは結構素直にぶっちゃけますね」

「そりゃそうよ。薄々の自覚はしてきているよ。同期に言わせりゃ薄々の時点で手遅れらしいけれど。それでも真っ直ぐに言われるのはダメージを受ける」

「今度一緒に動画撮って弁明でもしますか? そっちの方がバズりそうですし」

「いや、それはそれで恥ずかしい」

「もう、お兄さんはワガママですね」


 あれ、これ俺が悪い流れになっていないか? 流石榛名ちゃん、ネット社会がどれだけ魔境でもやっていけそうな傑物に感じる。強い。


「でもあんまりミームに頼りすぎるのも良くないって千咲ちゃんも言ってましたし」

「チサキちゃん⋯⋯って友達はわかってるね」

「はい! 千咲ちゃんはすごいんですよ。チャンネルのブレーン的存在です。私の自慢の親友です!」


 今までで一番眩しい笑顔で榛名ちゃんが答えた。本当に仲が良いんだな。それならばその千咲ちゃんに動画に出てもらえばいいのに。こんなおっさん⋯⋯お兄さんが出るよりよっぽどそっちの方が需要があるだろう。


「千咲ちゃんも出てくれればいいのに、私は裏方だからって断るんですよ」

「あ、打診はもうしたのね」

「それはもちろんですよ!」


 そこから榛名ちゃんによる千咲ちゃんの自慢話が始まった。ようするにクール系で、身長が高くて、神もサラサラのロングで、おまけに頭もいいと来た。仲いいんだね君等。ちょっと心配性すぎるところもあるけれど、そこもまた良いらしい。

 正直もっとたくさん語っていたような気もするけれど、半分脳みそを麻痺させながら聞き流していたので詳しくは覚えていない。だって言っちゃうのもなんだけれど、話が長いんだもん。何度現実逃避で煙草吸いてーと思ったかわからない。未成年の前だ、よく耐えたぞ俺。


「えへへ、千咲ちゃんのこととなると、ついつい話し過ぎちゃいましたね。お兄さんも付き合ってくれてありがとうございます!」

「いえいえ、大丈夫だよ」

「お兄さんが怒ってないことがわかっただけでも今日は収穫がありました。じゃあ私はダンスの練習をします。今日は撮影じゃないから映り込みは気にしなくても大丈夫ですよ」

「頑張ってね」


 や、やっと解放された。途中から相槌マシーンとなっていたが、最後もちゃんと返事を返せていたかわからない。しっかりと離れたことを確認してから煙草に火を付ける。あー、こんな時でも煙草は美味い。

 しかしながらこんなにも熱く語られると千咲ちゃんに興味が出てきたな。まあ、会うことは無いだろうから、いつか榛名ちゃんの動画に出てきてくれることを期待しておくか。

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