Chapter 7:Last Waltz
『ラスト・ワルツ』
甘く、ほろ苦く、やがて静かに終わるワルツのようなカクテル。
ドライ・ジンに、少しのベルモット、そしてレモンピールを添えて。
誰かと踊った最後の一曲を思い出すように、過去に区切りをつけたい夜に飲む。
この一杯は、誰のために——そして、自分にとっての“最後のワルツ”とは何かを、そっと問いかけてくる。
————————
そんな説明文のあるメニューを、沢渡はページの隅で見つけた。
季節は春。桜の時期は過ぎ、代わりに街の緑が日に日に濃くなる頃。
久しぶりに土曜の夕方、浜松町に立ち寄った帰り道。
ふと足が向いたのは、いつも“第3金曜日”に訪れるあのバーだった。
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──久しぶりに、あの店に寄ってみようか。
マスターのバーに、第3金曜日以外で立ち寄るのは、今日が初めてだった。
扉を開けると、カウンターには若い女性が一人、グラスを磨いていた。
「あの……マスターは?」
「奥にいます。今、仕込み中で……今日は私がカウンターを預かってるんです」
その声には緊張が混じっていたが、表情は明るく、どこか凛としていた。
「そうですか。じゃあ、軽く一杯だけ」
沢渡は静かに腰を下ろす。彼女が一礼し、シェーカーを手に取った。
「何か、お好みはありますか?」
「君のおすすめで」
「じゃあ……"Last Waltz"を。別れと再出発のカクテルです」
目の前で、静かにシェーカーが踊る。 流れるような動きに、沢渡はつい見入っていた。
グラスが置かれ、淡いアンバーの液体が注がれる。
「……上手ですね」
「ありがとうございます。マスターに弟子入りして3ヶ月になります。まだまだですが」
彼女はにこりと笑い、言葉を続けた。
「もしかして、沢渡さん……ですよね?」
「……あ、はい。あれ、僕、名乗りましたっけ?」
「いえ。マスターから、お名前と“第3金曜日の常連さん”って聞いていたので」
軽やかに笑う彼女に、沢渡も思わず頬を緩めた。
「僕のこと、そんなふうに……」
「ええ。『ちょっと不器用だけど、いい男なんだ』って」
「……それ、褒めてます?」
「もちろん」
そんな軽口が交わせる空気になっていた。
──気負わない、けれど心地いい。
グラスを傾けながら、沢渡は考えていた。
──再婚したってさ、彼女。
共通の友人から、先週、ふと聞いた元妻の再婚の知らせ。 そのときは平気だと思ったのに、今になって胸の奥に引っかかっている。
「“Last Waltz”か……悪くないな」
「ありがとうございます。別れのあとにも、踊りは続くんです」
有村──そう名札に書かれていたその女性は、笑顔で答えた。
──踊りの続きを、どこで、誰と踊るのか。
その答えは、今はまだ分からない。
だが、少なくとも今日、ここに来たことは──悪くなかった。
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