第4話
音が聞こえてきた。
琴の音だ。
静かで美しい旋律が聞こえて来て、しばらくそれを聞いていた。
やがて瞼の裏が明るくなっていることに気付き、そっと目を開くと、そこには美しい蓮の花の咲く、水辺の景色が広がっていた。
少しして、寝台の天蓋に描かれた絵なのだと気づいた。
蓮の花の色が揺れている。
光があたり、輝いているのだ。
貝殻を埋め込んで色を付けていたらしい。
薄い虹色に輝いていて、天上の世界のようだった。
体を動かそうと思ったが、
何故か動かなかった。
琴の音は続いていて、頬に触れる風は温かく柔らかだった。
目を覚ます前の、闇の中、
湿った、土の匂い、冷たさ、そういうものとあまりに違って、混乱した。
自分は死んで、本当に天上の世界に来たのかと思ったほどだ。
そうか死んだのかと思った時、ホッとした。
(もう苦しまずに済む)
風に運ばれて、ひらり、と淡い紅色の花びらが入って来て、
「――目が覚められましたか?」
笑みを含んだような、優しい声が突然聞こえて来た。
体が動かなかったので、声の方に僅かに首だけ動かす。
子供がいた。
淡い色の髪をして、大きな琥珀のような印象的な瞳をしていて、幼いがひどく容姿のいい子供であったから、それもまた天上の住人なのかと荀攸を混乱させる要因になった。
荀攸を覗き込んで、微笑んでいる。
「よかった。目を覚まされたんですね。安心しました」
何かを言いたかったが声すら出なかった。
しかし子供は荀攸の胸元の辺りに手を置いて、落ち着かせるように押さえた。
「大丈夫。安心してください。もうここは安全です。
ゆっくりと体を休めてください」
唇が震えた。
――
自分は処刑される直前だったはずだ。
それが何故こんな場所にいるのか。
声は出ていなかったが唇の動きと表情だけで、子供は分かったようだ。
「董卓は殺されて、もうこの世にはいません。
牢にいた方たちはみんな助け出され、埋葬されました」
荀攸を落ち着かせるようにゆっくりと、静かな声で言った。
それでも荀攸は驚き、見開いた目は激しく揺れた。
誰が董卓を討って、
その後、長安がどうなったのか。
他の者や、
何故自分がここにいるのか、
色々な疑問が溢れて来る。
子供は荀攸の表情から、そういう溢れてくるものがあるのを理解したようで、側に頬杖をついた。
「貴方の聞きたいこと、私は多分、全て答えられると思うけど。
まずは貴方が無事に目を覚まされたことをお知らせしなければならないので、今は眠ってください。
いずれにせよ貴方の体はしばらくは静養が必要で動けませんし。
後でまた見に来ますから、その時に質問に答えます」
彼はそう言うと、手に持っていた淡い紅色の木の枝を、荀攸の胸の上に置いた。
淡い香りがした。
子供は軽く
『牢にいた方たちはみんな助け出され、埋葬されました』
あそこにいた者達は、みんな苦しみを与え尽くされて死んだ。
その事実は決して変えられないけれど、
……今は、魂を脅かされない場所で穏やかにいるだろうか?
天上に咲く、蓮の花々を見上げていると、
ただ涙が込み上げて来て、
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