しきい値を超えて、高いレベル、です

月曜の朝。まだほとんど生徒がいない教室。

 窓際の席では、美月と瑠花がスマホを並べて、動画の感想をぼそぼそ話していた。


 ドアが勢いよく開いて、真珠の声が響く。


「おはよーっ!」


(うわ、朝から元気……って、え?髪、ショート?)


 瑠花が目を丸くする。

 美月は肩をすくめて、軽く笑った。


 新見も後から入ってきて、淡々と「おはよ」と言う。


「真珠、髪」


「あ、バッサリ切っちゃった」


「ふーん。まあ似合ってる」美月が目だけで笑う。

「いや、元気すぎでしょ朝から」瑠花が机に突っ伏し気味に言う。

「月曜なのにテンションぶっ壊れてんじゃん」


「え?普通だよ〜」


 真珠はおどけて、新見に「ね?」と意味ありげな視線を送る。


 瑠花が小声で「ねぇ、今の見た?」と身を乗り出した。

「……見た。距離感おかしい」

 美月がひそっと返す。


 二人をよそに、真珠と新見は自然な流れで隣同士に座り、会話を始める。


「筬島、今日の放課後ひま?」


「ん? あー、特にないよ」


「じゃ、一緒にショップ行こうぜ」


「……自転車の?」


「そう。スポサイ専門店。前、行きたいって言ってただろ」


「行く!絶対行く!」


 やり取りは生き生きしていて、金曜までの遠慮が嘘のよう。

 美月と瑠花には、その“空気の変化”が明らかに分かる。


「課題やった?」


「やったやった。久々に家でやったわ」


「そだね、最近いつも二人でやってたもんね」


、面倒見いいから、甘えてたんだな。まあ今回は一人で頑張ってみた」


「新見はやればできる子だから」


 柔らかい雰囲気に、美月が眉を上げる。


「なに、あの会話……あれ、どう見ても普通じゃないよね」


「でしょ?絶対なんかあったって!」


 机をトントン叩いていた瑠花が、声をかけた。


「ねー、ちょっと!二人、急に距離近すぎじゃん。週末、何したの?」


 真珠と新見が顔を見合わせて、同時ににやっと笑う。


「週末?いや、今朝の話だよ。ね、正臣」


「ああ。実は俺、真珠に告った」


「つーわけで、できたてカップル、爆誕でーす!」


「「……は?」」


(いきなり名前呼びになったし!)


 瑠花はポカンと口を開け、美月は呆れたように息を吐く。


「マジ?」

「マジ」

「……うっそでしょ」


 美月はそれでも淡々と「……まあ、おめでと」と言う。

「ありがとー!」真珠が両手をぶんぶん振る。

「……はいはい、おめでと!」瑠花は渋々祝う。


「てか、そのショップの話って……デート?」

「うん、そうだよ!」

「はやっ!付き合ったばっかでデート?」

「え?いいじゃん」

「ダメじゃないけど……朝からイラっとする〜」



 ――その頃には、教室に生徒が増え始めていて。

 後ろの席から、ひそひそ声が飛んできた。


「え、今“カップル”って言った?」

「うそ、マジ?月曜の朝から?」

「……ちょっと待って、あの二人って、そういう?」


 女子の一団が「きゃー!やばっ」と声を抑えきれず、にやにや笑い合う。

 一方、男子の列からは小さく舌打ち混じりに、


「チッ……朝からリア充爆誕かよ」

「月曜から爆ぜろってマジ思うんだけど」


 周囲のリアクションはワンパターンであった。


 そこへ真珠と仲の良い女子が、スマホ片手にわざわざ駆け寄ってきた。


「ねぇねぇ、後輩に聞いたんだけどさ〜。あんたら、駐輪場で朝っぱらからハグしてたってマジ!?」


「……あ〜」

 と返事に詰まる新見。


 女子はにやにや笑いながら「月曜からお盛んだなー」と肩を揺らす。


 真珠は「うっさいわ」と軽く押し返しつつ、笑いをごまかそうとして頬を赤らめた。


 その様子を見た周りのモブがさらに盛り上がる。


「ほら見ろ〜、絶対両想いだって思った!」

「羨ましすぎて朝から胃もたれするんだけど!」

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