缶拾いのレチタ

@siv333

第1話(世界は広いが感情は狭い)①

 ある街にレチタという十四歳の少年がいた。この少年に帰る家はない。それだけじゃない、助けを求めることができる親も親戚も、そういった強い繋がりのある身寄りが一切いない。古い商店街の裏路地で、いくつかの段ボールと太い針金とどこかの工場から持ってきた木材を使って作った小さな小屋に住んでいる。家賃が無料だとしても、食べるものは無料では無いし、石けんなどのその他生活用品を手に入れるにはどうしてもお金が必要なので、レチタは缶拾いして街の端っこの方にあるリサイクル工場に搬入することで生計を立てている。そのほかにもその工場からごみ収集の仕事をもらったりしてお金を稼いでいる。段ボールの家は住みずらいと思うだろうか。常人はそう思うに違いないだろう。どうしてそのような生活をしなければならないのか、その年で身寄りもいないなんてなんて可哀想なんだとか、路地裏に済んでいるなんてなんて不衛生なんだ、と、そう思うのがまあ普通である。でも彼の場合は違う。それなりに日々を楽しんでいる。いや、この言い方では語弊を生むかもしれない。彼は身寄りがいないわけだから、もちろん学校になんて行けるわけないし、その年の子供たちが常識のようにしている、スマホでSNSをしたりとか、ちょっとおしゃれしてみたりとか、友達と休日に遠出してみたりといったことはできない。楽しんでいるというのは、常人、都市に住んでいる子どもたちと同じような感情で生きている、と言った方がいいのかもしれない。学校に行けていないし、もちろん携帯なんて高価なものは持っていないし、オシャレなんてできるお金があるわけではない。だけれど彼は与えられた境遇を全うするかのように、その環境に適応して生きている。だから十四歳という幼さで身寄りが一切いないことに対して煩悶とすることはないし、路地裏に住んでいるけれどもきちんと水道代を払って近くの水道から水を引き、体も毎日洗っている。トイレだって工場からもらった鉄板を使ってお椀のようなトイレを自作して、それを側の下水道に繋いで用を足している。

 それでも色々と言いたいことはあるだろう。それはわかる。だがここでこれだけはわかってほしい。ある幸せだけがただ唯一の幸せとは限らないことを。彼がいったいどのように過ごしているのかは後々わかってくることであろう。

 そんなこんなで今日もレチタは街に出掛けて缶を拾う。まずは近くの駅に行こう。この朝の時間帯は人が多くて、飲み終わった缶が置き去りにされていることが多い。それと昨晩に騒いで大量に缶をポイ捨てしているのも。古い商店街、この商店街の名前は宮川商店街というのだが、どうしてこのような名前になったのかは定かではないが、とはいってもその名前は大体人の名前であろうと推測できるので、この商店街をつくった人とかの名前なのだろうが、そんな商店街の名前をこの街の人間の何パーセントが知っているのかはわからない。そんな街の中に行くためにレチタは宮川商店街の入り口を目指す。この商店街はまるで異世界の入り口のようになっていて、商店街の入り口とその外側がまるで時空の境界線のようになっていた。入り口に覆われた蔦は編み物を編むかのように太陽光を複雑に屈折させ、地面に柔らかい薄オレンジ色の絨毯を作っていた。入り口の両側にある木々はアーチを作り、この商店街の王子の出発を見おっくっている。眩しい太陽が王子の寝起きの目を壊さないよう、錆びた鉄筋たちは光を吸収する。木々の上にいる鳥たちはあさが来たことを喜び、木の間に隠れていたたぬきたちは王子に挨拶をして林の奥に消えていった。

 この商店街は街の外れにあって、山のそばにある。人工物が自然に帰るなんておかしな話だと思うのだが、まるで自然に帰ろうとしているように山の一部となろうとしている。けれども平地にあるので決して山ではない。不思議なのだ。この商店街の入り口はまるで時空の境界線のようだといったが、そもそもこの商店街自体が別の異世界、もしくは時空に存在しているかのようなのだ。独立した林の中にある別時空のような、そしてさらに別の入り口があるかのような。

 その林を抜けると、空き家だらけの道に出る。中を覗くまでもないが、「まるでお化け屋敷のよう」という形容が最も合う、そんな大きな屋敷ばかりが並んでいる。ここは昔は富裕層の住宅街だったのだろうか。レチタも最初の時はこの屋敷たちを怖いと思っていたが、ここら辺はそもそも人間がいないので安心だと思うようになった。街の近くになると心霊スポットだの、集会だのの場所になっているが商店街が近づくあたりになってくると本当に人がいない。レチタはまともに学校に通ったりはしていないせいか、同じ年代の人と関わることに多少の怖さを持っている。あとグループになっている人たちの中に入ることも。だからこそあの商店街がレチタにとって最も安心できる場所なのである。

 そうして空き家の中を出ていくと両脇に畑が広がる。そこをさらに突っ切っていくとまあまあ大きなショッピングモールがあり、そのモールに接続して駅がある。その駅の名前は「堺中駅」である。

 さあ、仕事をしよう。そうして駅の広場に行こうとした時、すれ違った女子高生たちが話していることが耳に入った。

 「最近ねこがたくさん失踪しているらしいよ。しかもそのねこたちは絶対に1日後に家に帰ってきて、そのあとはマジでいなくなっちゃうらしいよ」

「は?まじ? うちの猫もそうならないように見とかないと」

 レチタはこうやって朝の人々の会話を聞くのがちょっとした趣味なのだが(決していい趣味とはいえないが)、この時のこの会話は女子高生たちの噂話に尾がついていって大きくなってしまった話だと思って、大して気にせずいつも通りの日常の感覚の中広場に行った。

 だがレチタはこの会話のこと面白くないものと判断せずに、もっとよく聞くべきだったと後悔することになる。

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