その名は、希望。

花月 零

第1話

「おはよう、今日の調子は?」

『なんのイジョウもないよ。』

「僕も問題ない。じゃあ、今日も始めようか。」



 僕はこの小さな研究室に籠って、人類の未来に貢献するロボットを開発していた。父さんも、母さんも同じように研究をしていたが、二人とも当時制作していた人工知能搭載のロボットに反逆を起こされて鉄の拳で殴られてしまった。

 幸い、僕は幼い頃から神童と呼ばれ、かの有名な発明家の転生ではないかと噂されるぐらいの頭脳は持ち合わせている。だからこそ、両親の悲願である人間に限りなく近い頭脳を持ちながら共生ではなく、人類の手助けをするロボットを作り出すのが必然的に僕の存在理由となった。


 そして、今僕が語りかけているこのロボットはF125P-3。

ヒューマノイド125番プロトタイプ3号。ただその文字と数字の羅列しか与えられていない彼を完成品にまで持っていくのが僕の仕事であり、役目である。


『今日はナニをすればいいの?』

「簡単なテストをしよう。難しくはないから安心してほしい。」

『テスト、いつもとチガウ?』

「普段は君の可動域や強度に関してのテストだったけれど、今回は言語に関するテストだ。僕との対話だけであれば今のように液晶に文字を映すだけで何ら影響はないが、君はいずれ多くの人間と対話をしなければならない。だからこそ言語に関するテストに注力していく。」


 F125P-3は僕の言葉を理解し、返事をわずか0.35秒のタイムラグしか発生させずにレスポンスを返してくれる。あとはこれで昨日開発した言語モジュールを組み込んで

正常に稼働することを確認すれば僕の大半の仕事は終わる。その先に待っている量産に向けて余計なパーツを省いたりしないといけない作業はあるけれど。なんにせよ、大きな課題は言語モジュールが正常に稼働することだけだ。


「今から君の言語機能をオンにする。いつも通り僕にレスポンスを返してくれればいい。ただし、しっかりと言語モジュールを使用して答えること。いいね?」

『分かった。』

「いいこだ。それじゃあ、始めよう」


 F125P-3の背後に回り、言語モジュールの電源を入れる。実際に投入するとなるとこのあたりの操作も分かりやすくするために改良しないといけない。そんなことを考えながらシステムが正常に稼働していることを手元の端末で確認してから話しかける。


「気分はどうだい?」

『も……な、……マス……』

「うん?正常に稼働していないのかい?いや、音声を出力する方の問題か?」

『セイ……な……』

「振り回して申し訳ないね、一度言語モジュールはオフにするよ。」


 さて、問題が起きていそうな個所は三か所。

 一か所目が音声出力部分。F125P-3の音声が途切れ途切れになっているから大きな問題が起きているとしたらまずここだ。

 二か所目は言語モジュール。モジュール自体がそもそも不良品で上手く稼働していなかったのだとしたら、このモジュールを作り直せばすぐに解決する。

 最後が、言語モジュール周辺配線。配線がどこか切れていたり絡まっていたりして音声出力部分まで十分な電力が到達していない、という可能性も否定できない。いずれにせよ、一度F125P-3を隅から隅まで確認しないといけないな。




 おかしい。結論だけ述べるのであれば異常がない。それが異常としか思えない。僕の三つの仮説はことごとく打ち砕かれた。音声出力部分も問題なし、配線周りも全て正常、言語モジュールも設置不備及び部品欠損、プログラムエラーも起きていなかった。


「……ごめんよ。まだ原因が分からない。一刻も早く完成品にしてやらないといけないのに。」

『マスター、イジョウは無い。でも、話せなかった。』

「話せない?こう言ってしまっては元も子もないけれど、F125P-3。君は人類のために生まれた人工知能搭載ヒューマノイドでプログラムが正常に働けばその通りにしか動けないはずなんだ。それなのに、言葉……音声を発することが出来ない、というのは異常としか言えないんだ。」

『マスターの言うこと分かる。でも、繧ケ繝壹Οは分からない。』

「っ、文字化けまで発生してるのか……。」


 焦っていた。とにかく、僕は焦っていた。ようやく順調に終わりが見えてきたと思ったのに。ここにきてとんでもない壁にぶち当たるとは思っていなかった。こうなってしまったらとことん調べつくすしかない。

 そうして作業に没頭しているといつの間にか夜も更けて月が煌々と辺りを照らすような時間になってしまっていた。僕がいる研究室は満月の夜であれば十二分に明かりが入ってくるから電気もつけずにこんな時間まで集中してしまった。いや、集中はできていない。いまだに原因が見つからないのだから。

 少しイライラしながら未完成品である言語モジュールをF125P-3に戻すと窓辺に置いてある父さんのロッキングチェアに座る。ゆらゆらとテンポよく椅子が揺れるのを感じながら空に浮かぶ満月を見上げた。


 F125P-3は僕一人で作ったヒューマノイドじゃない。父さんと母さんが100以上のヒューマノイドを創り上げ、僕がそれを発展させた。基礎は全て二人の力だと言っていい。僕が創り上げたヒューマノイドはF123P-1とF124P-2。そして今、最も完成品に近いF125P-3の三体。プロトタイプ1号のF123は基礎はあるとはいえ対話すらできずにすぐ僕に襲い掛かってきたから即破棄。プロトタイプ2号のF124はモニターに文字を表示することは出来たものの、レスポンスのラグが3秒以上も発生、しかも会話というよりも一方的な話だったから破棄。

 そしてプロトタイプ3号のF125。最も完成品に近く、完成から遠ざかった。F125だけは何としてでも完成させないといけない。F123と124は半年も持たなかった。でも、F125はかれこれ2年近く開発を続けられている。本当に、F125が不良品になってしまえば、次の完成品に最も近いヒューマノイドがいつできるかが本当に分からなくなる。


「……どうしたものか。」

『……マスター……、悩んでる……?』

「ああ。主に君のことでね。」

『話せなかったから?』

「それはそうさ。完成まであと一歩……」


 僕は今、誰と話している?


 僕に話しかけてきた彼は誰だ?


 僕はなぜ、話しているのが『彼』だと分かった?


「F125P-3……?喋れた、のか?」

『うん。』

「どう、して?昼間は……喋れなかった、だろう?」

『思い出した。マスターから、貰った名前。だから、喋れるようになった。』

「は……?そんな非科学的なことが、人工知能搭載ヒューマノイドであるキミに起きるわけが……」


 人工知能搭載ヒューマノイドに、僕がつけた名前。


「……スペロ?」

『うん。マスターがずっと、僕のことをスペロって呼んでくれてた。でも、いつの間にか、呼んでくれなくなった。マスターが、僕は人間の役に立つ為に作り上げたロボットで、いつかは自分だけのモノじゃなくなるからって。だから、僕もマスター以外の誰かと話すのが怖くて、声が出なかった。』


 ああ、そうか。スペロは間違いなく完成品で、間違いなく最も完成に遠いものになってしまったんだ。僕が、人間の心を教えてしまったから。人間に一番近い頭脳にしてしまったから、心ができてしまったんだ。


「ごめん、ごめんよ、スペロ。僕はただ、君に人類の希望になってほしかっただけなんだ。君が、心を持っていたなんて全く気がつかなかった。本当にごめん。」

『マスター、謝らないで。僕はもう大丈夫だよ。これで、完成品になれたよね。』


 ああ、なんて酷く優しい声なんだろう。なんで、こんな僕に語り掛けてくれるんだろう。君は、ただのロボットのはずなのに。いつの間にか溢れだした涙はその日、太陽が昇るまで枯れることはなかった。体温を感じるはずもない“スペロ”に縋りながら。







「皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます。こちらが、我々親子二代で作り上げた人工知能搭載ヒューマノイド、F126“スペランサ”です。F125P-3スペロをベースに、より人間の感情に寄り添い、対話によってメンタルケアを行うロボットです。本来であれば、我が研究所では人類の手助けをするロボットを制作しておりましたが“手助け”の種類に関しては明確にしておりませんでした。しかし、息子からの提案でメンタルケアに重点を置き―――――――」



「父さんのスピーチ、長いんだよね。まとまってなさすぎ。」

『……マスター、僕を完成品にしなくてよかったの?』

「いや、君は最高の完成品さ。でも、あまりにも僕といる時間が長すぎて既に他の人間に対応することはできなくなってしまったんだ。だから、君を量産するんじゃなくて、君の機構やプログラムをそのままコピーしてできるだけ無駄をそぎ落とした新モデルを作ったんだ。傑作だろう?」

『……なんだか、不思議な気分。』

「ははっ、今はそれでいいさ。これからも頼むよ、スペロ。」

『うん、マスター。』


 スペロの声は僕にしか響かない。でも、スペロの頭脳があれば多くの人の心を救える。きっと、スペランサ達もスペロみたいに自分だけのマスターを見つけて、そのマスターの心を救うだろう。


 いや、きっと救ってくれる。あの声がある限り。

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その名は、希望。 花月 零 @Rei_Kaduki

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