第15話 アルバートの決別

「え……⁉」


ソフィの声にハッとして目を開けると、魔力水晶はすでに凄まじい光を放っていた。


ソフィやセシルと屋敷で練習した時にも、ここまでの光を放つことはなかったのに。


「あ、ご、ごめん。つい、やりすぎたみたい」


僕が魔力を流すのを止めたその時、魔力水晶に大きな罅が入って真っ黒になってしまう。


次いで間もなく、水晶が粉々に砕け散ってしまった。


恐る恐る正面を見やれば、レオニダス王は目を丸くして唖然としている。


それとなく周囲を見渡せば貴族達は鳩が豆鉄砲を食らったような、開いた口がふさがらないという様子で静まり返っていた。


ソフィはやれやれと肩を竦め、セシルは深いため息を吐いている。


「え、えっと……」


僕はどうしようかと悩んだ結果、咳払いをして威儀を正した。


「大変、些末なものお見せしました」


そう言って深々と一礼すると、ややあってレオニダス王が「ふ、ふふ……」と噴き出したと思ったら「あっははは」と大笑いを始める。


何事かとぎょっとしていると、レオニダス王はひとしきり笑ってから僕を見据えた。


「なるほど、ソフィアの言うことが正しかったようだな。魔力水晶を破壊するほどの魔力とは恐れ入った。よかろう、アルバート・グランヴィス。貴殿を……」


「お、お待ちください。陛下」


レオニダス王の言葉を遮ったのは、イルバノアだった。


彼は血相を変え、僕とソフィアを睨み付けている。


「アルバートに魔力水晶が壊れるほどの強大な魔力など、あるはずがありません。これは絶対にからくりがございます。どうか、どうかもう一度お試し下さい」


「……なるほど。あの魔力水晶はこの城に用意されていたものだが、からくりが施されていたと申すのだな?」


言葉を遮られたせいか、レオニダス王の眉間に皺が寄っている。


「い、いえ、そうは申しません。しかし、恋は盲目と申します故、ソフィア殿が暴走した可能性もございます」


「ほう、私が陛下の御前で不正を働いたというつもりか。貴殿こそ『耄碌【もうろく】』しているのではないか」


ソフィが鋭い目付きで凄むと、イルバノアは一瞬怯むもすぐに睨み返してきた。


「も、耄碌などしておらぬ。それにもし、仮にアルバートが魔力を持っていたとしても、魔法を扱えなければ無意味だ。陛下、どうかアルバートが魔法を使えるか否かで、もう一度お試し下さい」


「なるほど、イルバノアの言葉にも一理あるかもしれんな。どうだ、ソフィア。余もアルバートの魔法は一度見てみたいぞ」


レオニダス王の問い掛けに、ソフィは深いため息を吐いた。


「アルバートの強大な魔力は目覚めたばかりです。緻密な扱いはまだ苦手としているため、暴走する恐れもあるため魔法を試すことは承諾できません」


「はは、あっはははは。陛下。お聞きになりましたか」


彼女の言葉を聞き、イルバノアが勝ち誇ったように笑い出した。


「やはり、魔力水晶には何かしらのからくりがあったのでしょう。だからこそ魔法を試すことができないのです。アルバート、このごに及んで不正を働くとはな。貴様はグランヴィス侯爵家の恥さらしの面汚しだ。何をどうしようと貴様が『できそこないの落ちこぼれ』であることは永遠に変わらない。何処に行こうが、他人の足を引っ張る疫病神なのだ」


「貴様……⁉」


ソフィとセシルが凄むが、イルバノアは笑顔を崩さない。


「さぁ、どうした。アルバート、貴様は魔力を得たのであろう。ならば証明して見せろ。まぁ、無理だろうがな」


イルバノアの嘲笑、周囲から注がれる蔑みと侮蔑の眼差し。


どうして、どうして僕はここまで言われなきゃいけないんだろう。


僕はただ、認めてほしかった。


認めてくれる人の力になりたかっただけなのに。


「デュランベルク公爵家も落ちたものだ。跡目争いを勝ち抜くためとはいえ、魔力を持たない『できそこないの落ちこぼれ』を婿に取ろうとはな。戦公女が聞いて呆れる、私からすればとんだ莫連公女だ」


イルバノアがソフィに向けて言い放った言葉で、僕の中で何かが切れたような気がした。


渦巻いていた感情がふっと消えていく。


「イルバノア、余の前でさすがに聞くに……」


「陛下、よろしいでしょうか」


僕が遮るように問い掛けると、レオニダス王は首を傾げた。


「どうした、アルバート」


「恐れながら、陛下は魔力を込めることで刃を生み出す魔剣をお持ちと聞いたことがございます。差し支えなければ、そちらをお借りできないでしょうか」


「ほう、余が持つ魔剣ラジアントソードを知っておったか。よかろう、魔力を込めるだけで魔法が発動できる魔剣故、アルバートの魔力を見定めるには丁度良いかもしれんな」


「陛下、よろしいのですか⁉」


イルバノアが食い下がるが、レオニダス王は深いため息を吐いた。


「貴殿が魔力水晶では真意が測れんと申したのであろう。余の持つ魔剣であれば、どのような不正も通じぬ。これで白黒はっきさせようではないか。ソフィアも依存はないな」


「はい、構いません。しかし、私に不正があると申した以上、アルバートが魔剣に魔力を込めた結果で何が起きようとも、全ての責任はイルバノア殿にあるとしていただきたい」


「下らぬ、何も起きぬわ」


ソフィが睨み付けると、イルバノアは肩を竦めて吐き捨てた。


「よさぬか、二人とも」


レオニダス王はため息を吐いてから「まぁ、よかろう」と続けた。


「イルバノアが言いだしたこと故、万が一のことがあればグランヴィス侯爵家に責任としよう。よいな、イルバノア」


「……畏まりました」


「さて、では早速試すとしよう」


レオニダス王が玉座の背後で剣を持って控えていた兵士に指示を出すと、兵士は僕のところにやってきた魔剣を丁寧に差し出した。


魔剣を受け取った瞬間、何故かどくんと胸の奥で鼓動が聞こえた。


なんだろう、まるで僕を待っていたと言っているように聞こえる。


「さぁ、アルバート。ラジアントソードに魔力を込めてみよ。何が起きても、不問とするゆえ思いっきりやってみるがよい」


「陛下、お心遣いありがとうございます。それでは……」


鞘から抜いた魔剣に刃はない。


噂で聞くとおり、本当に術者の魔力で刃を生み出すようだ。


僕は深呼吸をすると魔剣の柄を両手で力強く握りしめ、魔力を込めていく。


すると、魔力水晶とは比にならない勢いで魔力が魔剣に流れ込みはじめた。


「な、なんだ。この凄まじい輝きと巨大な刀身は⁉」


「これがアルバート殿に眠る魔力なのか。なんて巨大な魔力なんだ」


「アルは凄まじい魔力を秘めているとは思っていたが、まさか、これ程とは……」


レオニダス王の慌てふためく声に続き、セシルとソフィの声が聞こえて目を開けると、柄だけだった魔剣から城内の天井を切り裂くほど巨大な光り輝く刀身が生み出され、会場には魔力の渦が吹き荒れている。


ふと周囲に目をやったその時、イルバノアと目が合った。


「ば、馬鹿な。馬鹿な、そんな馬鹿な。これが、これが『できそこないの落ちこぼれ』だったアルバートの秘めていた力だというのか」


「……⁉ そうだ、これが僕の……グランヴィス家の、できそこないの落ちこぼれと呼ばれた僕の力だぁああああああ」


イルバノアの声が聞こえると、僕の中で消えていた怒りや悲しみが爆発する。


そして、呼応するように魔剣の刃が太く、長く、より輝きを増していく。


「父上、いや、イルバノア。お前との、グランヴィス侯爵家との縁もここまでだ」


「な、なんだと。何を言っている……⁉」


腰が抜けてへたり込み、たじろぐイルバノア。


情けない姿を無様に披露する男を前に、僕は魔剣を高く掲げた。


「ソフィのことを侮辱したお前を……僕は絶対に許さない」


「やめろ、やめてくれ。全て私が悪かった、許してくれ」


「これで運命を断ち切り、未来を切り開く。僕の力を示せ、魔剣ラジアントソォォォォォド」


「うわぁあああああ⁉ 助けてくれぇえ、アルバートぉおおおお⁉」


悲鳴上げるイルバノアに向け、僕は高く掲げた魔剣を振り下ろした。





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◇あとがき◇

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