第16話 愚者への審判

「うわぁあああああ⁉ 助けてくれぇえ、アルバートぉおおおお⁉」


悲鳴を上げるイルバノアに向け、僕は高く掲げた魔剣を振り下ろした。


魔剣の柄から伸びた巨大な光の刀身は玉座の間の天井と壁を切り裂き、会場には魔波が狂風となって吹き荒れ、土煙が舞い上がって轟音が響き、貴族たちの悲鳴と驚愕の声が木霊する。


「はぁ……はぁ……」


僕は肩で息をしながら、イルバノアを睨み付けた。


彼の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃで、へたり込みながらたじろいでいる。


よく見れば、ズボンの股が濡れて色が変わっているようだ。


イルバノアのすぐ真横には、僕が振り下ろした魔剣の刀身によって生み出された剣筋が残っている。


僕は玉座の間を魔剣で天井、壁、床を一太刀で半円状に切り裂いたのだ。


「これで本当に終わりだ」


僕は魔剣の刀身を通常の剣と同じぐらいの長さに調整すると、自らの顔の横で刺突の構えを取った。


「や、やめろ。アルバート、私が悪かった、お前の力を認める。もし、お前が望むならグランヴィス侯爵家の跡取りにしてやってもいいぞ」


「……僕がどうして怒りに満ちているのか、わからないなんて貴方は本当に愚かだ」


「ま、待て、アルバー……⁉」


イルバノアが名前を言おうとしたその時、僕は彼にとどめを刺すべく足を踏み出した。


でも、その瞬間、金色の光明が僕とイルバノアの間に割って入る。


「アル、そこまでだ」


「ソフィ……⁉ 駄目だ⁉」


ハッとするが踏み出した足が止まらない。


魔剣の切っ先が彼女に届こうというその時、魔剣の刀身が見えない何かに阻まれ、魔力の残滓となって霧散した。


「あ、あれ……」


何が起きたのかわからずきょとんとしていると、ソフィは目を細めながら僕を優しく、そして力強く抱きしめた。


「アル。もういい、君は力を示したからもういいんだ」


「で、でも……⁉ こいつはソフィを侮辱したんだ」


僕は怒号を発すると、ソフィの後ろで背を向けて逃げようとするイルバノアを睨み付けた。


「僕のことならいくらでも聞き流すし、我慢もする。でも、ソフィのことを侮辱したことだけは絶対に許せないんだ」


「そうか、私のために怒ってくれたんだな。ありがとう。だが、このような愚か者のために君が手を汚す必要はないんだ。そうでしょう、陛下」


「え……?」


ソフィは諭すように告げると、レオニダス王に視線を向けた。


「そのようだな」


彼が玉座に座ったまま深いため息を吐いて相槌を打ったその時、玉座の間に武装した衛兵たちが流れ込んできた。


「陛下、ご無事ですか⁉」


「な……⁉ 一体これは……⁉」


衛兵たちは玉座の間を半円に切り裂いた剣筋を目の当たりにして目を丸くするも、すぐに貴族たちを守るように誘導し、陛下を守ろうとこちらにやってくる。


ソフィの胸の中で頭が冷めてくると、僕は自分がしでかしたことに青ざめた。


陛下の御前に関わらず魔剣で巨大刀身を生み出した挙げ句、高位貴族に向かって振り下ろし、玉座の間を破壊してしまったのだ。


これはどう考えたって死罪級の行い……下手すれば国家反逆罪、国王暗殺未遂に問われかねない。


「は、はは、あっははは」


いつの間にかレオニダス王の前に移動していたイルバノアが急に高笑いをはじめ、僕を指さした。


「アルバート、この化け物め。これだけの目があるなかで陛下と私を殺害しようとするはな。貴様、いつから魔族と繋がっていたのだ」


「イルバノア。貴方という人はこの期に及んで……⁉」


『できそこないの落ちこぼれ』の次は『化け物』。


挙げ句、僕が魔族と繋がっていたと言い出すのか。


なんて往生際が悪く、始末に負えないのか。


やっぱり、この人だけはこの場で引導を渡すべきだ。


そう思って踏み出そうとするも、ソフィが頭を振って僕を離してくれない。


「衛兵、この状況を生み出したのはソフィア殿とアルバートだ。早く、二人を捕まえろ」


イルバノアが大声を発すると、衛兵たちがすぐにやってくる。


武器を構えた衛兵たちに僕達は囲まれてしまうが、彼女は僕の耳元で「大丈夫だ」と囁いた。


僕が首を傾げたその時、「待て、イルバノア」とレオニダス王の低い声が会場に響きわたる。


「何故、お前が余の衛兵に指示を出している?」


「は……?」


イルバノアは首を捻るが、陛下の目は冷たい。


「どうして貴様が余の衛兵に指示を出したと聞いてるのだ。同じ事を二度も言わせるな」


「そ、それはソフィア殿とアルバートが陛下を暗殺しようとしたからで……」


「ほう、それは初耳だ。ソフィアとアルバートよ。貴殿たちは余を暗殺しようとしたのかね?」


「とんでもないことでございます。そのようなことするはずがありません」


ソフィが畏まって一礼すると、僕も慌てて威儀を正した。


「わ、私もでございます。私はただ陛下にお借りした魔剣で力を示して……」


「そうであろう、そうであろう」


僕が言葉を続けようとしたところ、レオニダス王は被せるように深い相槌を打った。


「もし、本当に暗殺するつもりなら最初の一太刀で余は一刀両断されていたはず。しかし、アルバートの一太刀は妻となるソフィアを蔑んだイルバノアに向けられていた。つまり、これは侮辱に対する正当な怒りであったと余は見たが、違うかな?」


「え……?」


正当な怒り、でこの場を納めてくれるつもりなの? 


でも、そんな話でこの場にいる人達は納得しないんじゃなかろうか。


きょとんとしていると、後頭部を誰かに押されて僕は深々と頭を下げる形になった。


「わ、わわ……⁉」


「さすが陛下。仰る通りでございます」


どうやら声からして僕の後頭部を押したのはセシルのようだ。


「そうであろう。余は察しが良いからな」


レオニダス王の声が明るくなるなか、「お、お待ちください、陛下」とイルバノアが食らいついた。


「こ、これだけの騒ぎを起こしておきながら『正当な怒り』で許されるおつもりですか」


「うむ。そもそも、アルバートには魔剣を渡すときに何が起きても不問と申しておる。王に二言はない。だが、イルバノア。貴様は別だ」


「は……? それは一体どういう意味でしょうか」


イルバノアが呆気に取られると、レオニダス王は声を低くして冷たい眼光を放った。


「愚か者め。余の面前で貴殿より上位貴族であるソフィアに対する数々の侮辱だけに留まらず、明確な証拠もない状況下で暗殺者呼ばわりするとは看過できん。貴殿こそ、アルバートを煽って暴走させ、余を亡き者にしようとしたのではないか?」


「い、いえ。そのような考えは微塵もございません」


イルバノアは跪いて地べたに頭を付けるが、レオニダス王はため息を吐いて肩を竦めた。


「まぁ、よい。詳しい話は後にしよう。衛兵、イルバノア・グランヴィス侯爵を拘束しろ」


「畏まりました」


「そ、そんな⁉ へ、陛下。これは何かの間違い、誤解でございます」


衛兵に両腕を抱えられ、無理矢理に立たされたイルバノアは「陛下。どうかお許しを、陛下ぁあああ⁉」と泣き叫びながら玉座の間を後にした。


一部始終を目の当たりにして呆気に取られていると、「ところで、アルバート」とレオニダス王が切り出した。


「は、はい。何でしょうか」


「貴殿は素晴らしい力を秘めているようだな。今後、ソフィアをしっかり支えてやってくれ」


「はい、もちろんでございます……って、え?」


いま、支えてやってくれって言ったよね。


僕が目を瞬くと、レオニダス王はにやりと笑った。


「ソフィア・デュランベルクとアルバート・グランヴィスの結婚は誰がなんと言おうが余が認めよう。異論は認めん」


レオニダス王の声が会場に轟くと、どよめいていた貴族達が静まり返る。


程なく、彼等から歓声と拍手が巻き起こった。


まさに鶴の一声というやつだ。


「陛下、認めていただきありがとうございます」


「ありがとうございます」


ソフィが畏まって頭を下げたので、続くように僕も頭を下げた。


「はは、気にするな。それよりもソフィア、セシル。そして、アルバート。貴殿達とは少し話がしたい故、別室に行く。着いて参れ」


「承知しました」


僕達が頷くと、陛下は玉座を立って颯爽と玉座の間の中心を歩いて行く。


その背中を追うように皆が歩き始めるけど、僕は手に持つ魔剣にハッとして慌てて鞘にしまった。


その時、ふと会場にいたライアス、ギルの青ざめた顔が目に入る。


でも、エレノアだけは無表情のままだった。


「アル、何をしている。早く来い」


「は、はい。申し訳ありません」


ソフィに呼ばれ、僕は考える間もなく皆の後を追いかけた。





――――――――――

◇あとがき◇

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