第14話 試されるアルバート

「……以上です。従いまして、アルバートは魔族と戦えるような資質は持ち合わせていないかと存じます」


「なるほど。幼少期の頃より、今に至るまで魔法発動はおろか魔力水晶が反応せず、武術における素養もないとなれば魔族に立ち向かうことは難しいだろう」


父上が幼少期から昨日までの僕について、陛下と高位貴族達に高らかと流暢に語った。


レオニダス王はしたり顔で相槌を打ち、周囲の貴族達からは嘲笑と蔑むような眼差しが向けられている。


わかってはいたことだけど、父上は本当に僕のことを嫌っていたようだ。


現実を目の当たりにして、怒りと悲しみが胸の中で渦巻き始めていた。


「……陛下、一つイルバノア殿に質問がございます。よろしいでしょうか?」


「構わんぞ。どうした、セシル」


彼はレオニダス王の許しを得ると、父上……いや、イルバノアを軽蔑するように冷たい眼差しを向けた。


「イルバノア殿、貴殿はアルバート殿の婿入りを認めた上、支度金を受け取っているのですよ。今の話が事実と仮定した場合、貴殿はデュランベルク公爵家を謀ったことになるのではありませんか?」


「いえいえ、全て存じた上でのお話だと思っておりました。ソフィア殿は私の前でアルバートと相思相愛であると仰った上、行動で示されましたからな。まさか、アルバートから話を聞いていないとは夢にも思っておりませんでした」


イルバノアは素知らぬ顔で頭を振ると、しゅんと肩を落とした。


「それよりも、残念なのは私でございます。アルバートはお伝えしたとおり魔法と武術の素養がないため、グランヴィス家の後を継げば必ず大変な苦労をするだろうと考えました」


彼は大袈裟で芝居掛かった口調で語ると、目を潤ませてレオニダス王を見据えた。


「陛下、私は断腸の思いで嫡男アルバートではなく、次男ギルバートを後継者にすることを決めたのです。そして、王都にいてはアルバートは後ろ指をさされるだろうと、表向きは不治の病と発表し、田舎で静かに暮らしてもらうつもりでした。しかし、ソフィア殿がアルバートを見初められたと聞き、ようやく息子にも光明が訪れたと歓喜したのです。ところが、蓋を開けてみれば陛下に話を通していないどころか、当家がデュランベルク公爵家を謀った等と……極めて残念です」


自らの演技に感極まったのか、イルバノアは鼻を啜り始めて頬には涙が伝っている。


貴族達の中にはもらい泣きをしている者もいるようだけど、全てが虚像だとわかっている僕には、とても醜悪でおぞましい化け物しか見えない。


質問したセシルは呆れ果てており、イルバノアに向ける眼差しには侮蔑の色が宿っているように見受けられる。


「……そうか、それは辛い立場であったな」


イルバノアの言葉が演技と察しているのか、レオニダス王はやや辟易気味に頷くと、ソフィと僕を頬杖を突きながら見やった。


「さて、ソフィアにアルバート。イルバノアの話が事実だった場合、残念ながら余は二人の結婚を認めることはできん。実に、心から残念だ」


レオニダス王はそう告げると、「あぁ、しかし……」と続けた。


「あくまで正式な婿として認めることはできない、という意味だ。世間体はよろしくないが、情夫として傍に置くことまで禁じようとは考えてはおらん。人の数だけ『愛』の形はあることは、よく存じておるから」


「なるほど、よくわかりました」


ソフィは頷くと、「ですが……」と不敵に笑った。


「陛下、その心配は不要です。イルバノア殿の語ったアルバートは、私と出会う前の話でございます」


「はは、まさかソフィアと出会ったことでアルバートに魔法の素養が現れたとでも言うつもりではあるまいな。そのような奇跡が起こるわけ……」


「そう、まさに奇跡が起きたのです。陛下」


「……なんだと? ソフィア、本気で言っているのか」


レオニダス王が眉を顰め険悪な雰囲気を発するが、彼女は動じない。


「このような状況下で嘘や冗談が言えましょうか。どうか魔力水晶をこの場に用意していただき、その目で確かめていただきたい」


「ほう、よかろう。そこまで言うのであれば確かめてみようではないか。ただし、魔力水晶がアルバートに反応しなかった時にはソフィア、貴殿は余の息子と婚姻してもらうぞ」


突然の提案に貴族達がどよめくが、ソフィは顔色を一切変えずにレオニダス王を見据えた。


「いいでしょう、構いません。ですが、魔力水晶が反応すれば私とアルバートの結婚はなんら問題はないとしていただきます」


「もちろん構わんよ。私とて相思相愛の仲を好きこのんで引き裂きたいなど、考えてはおらんのでな。誰か、魔力水晶を此処に持て」


レオニダス王の声が玉座の間に轟くと、壁際で控えていた兵士と給仕達が即座に動き出した。


いよいよ、か。


本当に大丈夫かな。


不安と緊張で胸がどきどきしていると、隣に立っていたソフィがにこりと微笑んだ。


「アル、大丈夫か?」


「えっと、大丈夫だよ。でも、ちょっと緊張しているかな」


苦笑しながら頬を掻くと、ソフィはふっと口元を緩めた。


「心配する必要はないさ。屋敷で何度も練習しただろう?」


「うん。だけど、こんな人の多いところだとさすがにね……」


僕は会場にいるイルバノア、ライアス、ギルバート、エレノアを見やった。


「彼等は、ずっと僕のことを疎ましく思っていたんだろうね。そんな人達の前で披露するなんて、ちょっと怖いというか武者震いがするというか。はは、僕って駄目だね。負け犬みたいだ」


自嘲気味に笑うと、ソフィがムッとして僕の額をいきなり指で弾いた。


「いた……⁉ え、急にどうしたの」


「前も言っただろう、アル。君が自分を信じられないのであれば、君を信じる私を信じろ。君なら出来る、絶対にだ」


「……⁉ う、うん。そうだね。やれるだけやってみるよ」


「よし、その意気だ」


彼女が目を細めたその時、会場に「陛下、魔力水晶をお持ちしました」という兵士の声が響いた。


「おぉ、待っていたぞ。さぁ、アルバートの前に運べ」


レオニダス王の指示に従い、兵士達は僕の前に魔力水晶が置かれた台を丁寧に置いてくれた。


「さぁ、アルバート。その魔力水晶に触れて魔力を込めてみよ。水晶の光が強ければ強いほど、貴殿が秘めたる魔力量は強大であることの証となる。まぁ、言わずとも知っているだろうがな」


「はい、それでは失礼します」


僕はレオニダス王に向けて会釈すると、深呼吸をして目を瞑る。


次いで、魔力水晶にゆっくりと恐る恐る手を置いて身の内に感じる『魔力』を流していく。


他の人がどうやって魔力を操っているのかわからないけど、僕は集中しないと身の内から魔力を引っ張ってこれない。


多分、ずっと魔力が使えなかったせいだと思うけど。


ただ、この場で絶対に失敗は許されない。


魔力水晶へ身の内にある魔力を流すことだけを考え、意識し、全神経を集中させていく。


集中、集中、集中……。


「アル、もういい。やめるんだ⁉」





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◇あとがき◇

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