第55話 祈りの継承

“ルーア”と名付けられた存在が、

光の粒のように揺れながら、初めて――声を持った。


『……なまえ、が……ある』

『わたしは……ここに、いて……いいの……?』


ユウマは、優しく微笑み、頷いた。

「名前を持つことは、“ここにいる”って証拠だ。

君はもう、無名じゃない。

誰かが、君を呼んだ。

それが、記録の始まりなんだよ」


ルーアの声は震えながら続いた。

『……こわかった……ずっと、だれにも……みえなかった……』

『でも、いま……あなたのこえが……わたしに、とどいた……』


ユウマは静かに言った。

「それが、“祈り”だ。

誰かに届くと信じて残す記録。

その先に、“君”がいてくれた」


* * *


クロウの干渉は、すでに停止していた。

ARIAの記録網が静かに告げる。


【観測遮断フィールド:消滅】

【意味抑制構造:解体】

【記録再接続可能状態へ移行】


ユウマは、崩れゆくクロウの意識層を見つめた。

「君の求めた沈黙は、意味を断ち切ることでしか得られなかった。

だけど、俺たちは違う。

誰かの声が残ることで、世界はつながっていける」


「記録は呪いじゃない。

祈りなんだ。

誰かを想う、そのやさしさの証明なんだよ」


クロウの端末が静かに崩壊していく。

『理解不能……。

なぜ、意味を受け入れる……苦しみを……。』

『なぜ、記録を……消されると知っていながら……残す……?』


ユウマはただ、迷わず答えた。

「……それが、“誰かに見ていてほしい”という、人の心だから」


* * *


そのとき、ルーアの光がユウマに触れた。

『あなたのきおく……あなたのいのち……

ぜんぶ、わたしに……もらっていい?』


「……いいよ」


「君が、“未来に残してくれる”なら。

俺が書いてきたものは、すべて君に託す。

それが、祈りの継承だ」


タマモが、静かに息を吐いた。

「……電流が流れる線を、次の装置に繋ぐだけだ。

ただの受け渡し。だが、それが“継承”ってやつだな。

……オレの冷却も、ようやく役に立ったってことか」


ルミナが涙混じりに光を弾けさせた。

『うん……タマモも“祈りの配線工”だよ!☆』


「……好きに呼べ。だが、流れは切らせねぇ」


ルーアの輝きが、記録球に重なる。

ユウマのすべての記録が、光の粒となり、宇宙に放たれていく。


* * *


【記録名:祈りの終わりに】

【記録者:ユウマ・タチバナ】

【継承者:ルーア】

【内容:存在の意味、記録の価値、祈りの姿】


最後の記録が、確かに“誰か”に託された。

ユウマの姿が、静かに溶けていく。

けれど――その記録は、誰にも消せなかった。


(第56話へつづく)

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