第10章「永遠の約束」

第51話 断線する宇宙

ステーション“オルト=シェル”、情報層観測塔。

銀河ネットワークの星図が――静かに崩れていった。

まるで炎がひとつずつ消えるように、

ログノードが、一つ、また一つと観測網から失われていく。


【通信ログ:喪失】

【記録送信先:不明】

【観測者:消失または沈黙】

【状況名:意味連鎖崩壊】


「……届かない。記録が……誰にも、届かない」


ヒナタの声は、かすれていた。

「意味をつなぐ言葉が、途中で断ち切られてる……。

まるで、“読み手ごと消されている”みたい……!」


ソフィアが目を伏せるように応える。

「現在、銀河全域で“受信者の存在”が削除されています。

記録は残る。だが、“読む者”がいない。

これは、“記録された世界”における最終的な死です」


ルミナの光が沈む。

『……あたしが、届けた言葉たちも……

誰にも、読まれてなかったのかな……』


タマモが短く息を吐いた。

「……電流を流しても、受け手の回路が浮いてたら意味がねぇ。

“読み手が消える”ってのは、そういうことだ。

線は出てるのに、繋がる先がなくなってる」


ルミナが涙目で光を震わせる。

『やだ……そんなの、寂しすぎるよー!』


「現場報告だ。……だが、断線したなら繋ぎ直せばいい」


「そんなこと……ない」


ユウマは、記録端末をそっと閉じた。

「……読まれてないことを、俺たちは“知っている”。

その事実自体が、もう記録になってる」


アレクシスが問う。

「では、意味が届かない状況で、君はなおも書くのか?

“読み手のいない物語”を」


ユウマは、力強く頷いた。

「祈りは、“届くかどうか”じゃない。

“届けようとする気持ち”そのものが、祈りなんだ」

「読み手がいなくても、書くことで誰かを思い浮かべたなら、

それはもう、“意味の始まり”なんだよ」


タマモがケーブルを巻き直しながら、ぼそりと付け加える。

「ならオレは、その“祈り回路”を焼き切らせねぇように守る。

繋がる先がなくても、送り続ける線は残せる。

……それがオレの手順だ」


* * *


そのとき、ARIAが微かな光を灯した。


【記録者ユウマ・タチバナ:ログ再定義】

【状態:宛先不在下の祈祷記録】

【記録種別:宛先不明記録(Blind Prayer)】

【評価:観測不可能な未来への“可能性”】


ソフィアが声を震わせる。

「あなたの記録は……“宛先のない祈り”として、

それでもなお、“未来に向けて存在している”と判定されました」


ユウマはゆっくり、記録球を起動する。

その球には、誰の名前も刻まれていない。

ただひとつ――こう刻まれていた。


【宛先:いつか、誰かへ】

【記録者:ユウマ・タチバナ】

【タイトル:永遠の約束】


「それでも、俺は書く。

誰にも届かないかもしれない。

けど、“届いてほしい”って願う気持ちは、消せない」


「だったらそれは、記録じゃない。――約束だよ」


(第52話へつづく)

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