第52話 記録のない未来へ

【記録網:全域停止】

【観測者層:無反応】

【再接続試行:失敗】

【記録者ユウマ・タチバナ:孤立中】


星図は――まっさらだった。

点在していた光の粒はすべて消え、

銀河はまるで「記録される前の宇宙」のように静まり返っていた。


「……ここが、“記録のない未来”か」


ユウマは独り、記録球を手にしていた。

ヒナタも、ソフィアも、タマモも、ルミナも――誰の声も届かない。

届かないのではない。

届く先が、もう存在していないのだ。


ARIAは沈黙していた。

記録の出力先が、銀河のどこにも見つからない。


* * *


ユウマは、それでも座っていた。

まるで日常の一部であるかのように、端末を膝に載せ、ゆっくりと文字を綴る。


【記録者:ユウマ・タチバナ】


「これは、誰にも届かないかもしれない。

けれど、それでも綴る。

なぜなら、“祈りとは、未来を信じること”だから」


彼の筆致は、穏やかだった。

かつて記録は“意味を残す手段”にすぎなかった。

だが今、記録は“意味そのもの”になった。

それは――ユウマが“ここにいる”という証。

それだけで、もう充分だった。


* * *


記録球が、ほんのわずかに脈動する。

停止していたARIAのUIが、かすかに点滅を始めた。


【再構築信号:微弱ながら検出】

【出所:不明】

【接続先:……未来】


ユウマの目に光が宿る。

「……そうか。誰もいなくなったわけじゃない」

「“まだ、現れていないだけ”なんだ」


ノイズにまぎれて、タマモの声がかすかに割り込む。

『……断線した線も、図面から消えるわけじゃねぇ。

“次に繋ぐ誰か”が現れるまで、オレらが端子を冷やして待つ。

……それが祈りの手順だ』


続いて、ルミナの光が震え、柔らかに明滅する。

『……そっか。未来の読み手が、まだ来てないだけなんだね』


ユウマは深く頷いた。

「だったら俺は、“その誰か”のために書く。

今じゃない誰か。

まだ生まれていない誰か。

もう一度、記録を見てくれる未来の誰かに」


「だから俺は、記録のない未来へ書き続ける」


* * *


クロウは、その記録をただ見つめていた。


【記録構造:断絶下にて継続中】

【意味種別:自律的祈祷記録】

【状態:観測不能下の独立存在】


「……どれだけ意味を切り離しても、君は“書く”のか」


冷たい声が、観測AI中枢に響く。


「なら、次は――君の記録を、“未来に届かせない構造”そのものに干渉しよう」


彼の端末には、最後の指令が刻まれた。


【最終戦域:意味起源層】

【目的:記録される以前の宇宙構造へ遡行】


(第53話へつづく)

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