第50話 最後のページ

【アゼス中枢領域】

【状態:記録不能 → 意味変換完了】

【記録反応:安定】

【空間構造:観測下へ】


ARIAの表示が、静かに更新された。


「……変わったな」


ユウマは、崩れゆく沈黙の空間を見つめていた。

そこにはもう、拒絶も、痛みも、沈黙もなかった。

ただ、“存在した”という祈りの余韻だけが、記録として残されていた。


ソフィアが、低く呟く。

「記録戦域アゼス――この名の空間は、

あなたの記録によって“観測の祈り”として定義されました」


「これで、終わったか?」

アレクシスが問いかけた、その瞬間。


記録艇のログが、激しく歪んだ。

ARIAの画面が赤く染まる。


【緊急干渉検出】

【対象:ユウマ・タチバナ本体】

【構造:消去干渉/記録者そのものの消去を目的とした干渉波】


ヒナタが叫んだ。

「ユウマさんの存在そのものが……“記録媒体”として狙われてる……!」


ルミナの声が震える。

『ちょっと待って!? それってつまり――

ユウマを消せば、“意味も消える”って考えてるってこと……!?』


タマモが歯噛みして吠える。

「本体回路に直接ショートをかけやがったか……!

冷却もバイパスも効かねぇ。

ユウマを消せば、“全体の電源”ごと落ちるって寸法だ」


ルミナが小さく跳ねて涙声で叫ぶ。

『そういう言い方すると余計にコワい〜!』


「真実を言ってんだ。現場報告だ」


* * *


クロウの声が届いた。

『君の存在は、もう“記録”と同義だ。

君が書かなくても、君が“いる”だけで意味が生まれる。

それが、我々にとっての最大の脅威だ』


『だから、“最後のページ”は君自身。

君という本を、閉じさせてもらう』


* * *


だが――ユウマは、微笑んでいた。


「……構わないさ」

「俺が“最後のページ”になるなら、

そのページに“意味”を書き残せばいいだけだ」


彼は、記録端末ではなく、自分の声で綴った。

「たとえ、俺という存在が消されても――

この空間は、記録された。

リナの祈りも、仲間の声も、今ここにある俺たちの記録も。

俺がいなくても、それらは“消えない”。

なぜなら、“記録とは繋がる意志”だからだ」

ARIAが最終ログを認識する。


【記録者:ユウマ・タチバナ】

【記録名:最後のページ】

【内容:この世界に、“意味があった”】

【意味タグ:継承/抵抗/命名】

【記録保存完了】


クロウの干渉が止まった。


ソフィアが静かに呟く。

「意味のある記録は――消せません」


タマモが短く息を吐く。

「……最後まで無茶な書き方しやがって。

けど大丈夫だ、ユウマ。

お前の残した“ページ”は、オレらが冷却して守る。

たとえ媒体が消えても、意味は流し続ける」


* * *


記録戦域アゼスは、

この瞬間に“観測可能領域”へと完全に書き換えられた。

ユウマたちの戦いは、

“記録不能”から“意味の再生”へと移り変わった。

けれど――クロウの本当の意図は、まだ終わっていなかった。


【次干渉フェーズ:意味連鎖そのものへの干渉】

【目的:宇宙全域の“意味の接続性”を切断】


「君の“最後のページ”は確かに残った。

ならば次は――“読み手”をすべて消せばいい」


(第9章 完)

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