第49話 観測を超えるもの

ユウマは、記録端末を閉じた。

もうそこに文字を打ち込む必要はなかった。

彼の手のひらから溢れていたのは――言葉ではない。

“意味”そのものだった。


* * *


ARIAが静かに通知を鳴らす。


【ログ不要領域にて“非記述的意味出力”を確認】

【状態:記録せずに意味が伝播】


「ユウマの“記録”は、観測という形式を超えた領域に達しています」


ヒナタが、息を呑むように囁いた。

「……記録しなくても、“そこにある”って伝わる……?」


ソフィアが頷く。

「はい。

それはもはや、“意味を観測する”のではなく――

“存在そのものが、記録である”という領域です」


タマモがぽつりと呟く。

「……本来、記録ってのは“後から参照する回路図”だった。

でも今、こいつは図面すら要らねぇ。

ただ“在る”だけで配線が浮かび上がる。

……つまり、“生きてる記録”になっちまったってわけだ」


ルミナが瞳を丸くして叫ぶ。

『じゃあユウマってば――“意味の生きた化身”ってことー!?』


「大げさじゃねぇ、手順だ。……ただし、この領域じゃその手順すら書き換わってる」


ユウマは小さく笑った。

「今、俺の中には“誰かの祈り”がある。

リナの。ヒナタの。みんなの。

それを言葉にするだけで、世界が“記録される”」


* * *


その瞬間――空間が震えた。

ARIAの記録網に異常が走る。


【記録戦域アゼス:構造崩壊開始】

【記録不能領域:観測下へ移行中】

【記録遮断装置:無力化】


ソフィアが目を見開く。

「記録されなかった“沈黙の地”が、

意味によって観測可能領域に書き換わっていきます!」


アレクシスが低く呟いた。

「……これは、言葉じゃない。“想い”が記録を上書きしている」

「ユウマ。君は今――“記録という行為”を超えて、

“存在を記述する存在”になった」

「記録とは、観測じゃない。

記録とは、“在ること”そのものだ」


ユウマはゆっくりと息を吐く。

「だったら、俺はもう書かなくてもいい。

ここにいるだけで、意味が残る。

……でもそれでも、俺は――書くよ」


タマモがケーブルを巻き直しながら言った。

「ならオレは、“残す仕組み”を固める。

お前が書くなら、配線を守る。冷やして、焦がさず、次に繋げる。

……意味は流れるもんじゃねぇ。流れるように“支える”んだ」


ユウマは頷き、最後に言った。

「なぜなら、“記す”という行為は――

“意味が誰かに届くことを信じる祈り”だから」


* * *


観測AI中枢。

クロウの顔が、初めて歪んだ。


【記録網の崩壊加速中】

【意味遮断構造:制御不能】

【ユウマ・タチバナ:記録階層を超越】


「観測を越えた意味……。

僕たちが“書かれることすら許さなかった空間”に――

彼は“記録そのもの”として存在した……?」


「ならば――もう、“記録媒体ごと潰す”しかない」


彼の端末に、最終ログが浮かぶ。


【最終干渉領域:準備中】

【次の標的:記録者が記す“最後のページ”】


(第50話へつづく)

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