第48話 意味の始まり

記録は、ただの記録で終わらなかった。

リナの祈り――それを受け取った瞬間、

アゼスの沈黙は、わずかに“音”を返してきた。

無音だった虚無に、初めて生まれた微かな振動。

それは、構造の歪み。

意味の拒絶によって閉ざされていた中枢空間に、初めて“意味”が流れ込んだ瞬間だった。

ARIAが静かに告げる。


【ログ構造:再構築開始】

【観測不能フレーム:一部解除】

【祈りによる記録変化を確認】


ヒナタが呟く。

「意味って、記録に宿るだけじゃないんだ……。

祈りが、空間そのものを“変える”ことがあるんだ……」


タマモが目を細めた。

「“祈りを受け取る”ってのは、構造を“受け入れる”ってことだ。

配線が歪んでても、流そうとする意思があれば電流は走る。

……記録自体が構造なら、意味が空間を変えるのも当然だな」


ルミナがぱっと跳ねる。

『やっぱタマモはすぐ“回路”で例える〜☆』


「例えじゃねぇ、現場の真実だ」


ソフィアのホログラムが淡く輝く。

「意味は、物理でも情報でもなく――“存在を貫く意思”です。

だからそれは、“世界を再定義する鍵”にもなり得る」


* * *


そのとき、ARIAが新たな通知を送った。


【新規ログ出現】

【発信元:記録戦域アゼス中枢】

【タイトル:Log.0】

【内容:――“ここが始まりだった”】


ユウマが眉をひそめる。

「……リナの記録じゃない。

でもこれは、“最初の記録”だと……?」


ソフィアが分析結果を提示する。

「これは、アゼス中枢に存在していた“原初ログ”。

我々の記録網よりも遥かに古い層に属する――

“意味の起源”を示す最初の記録です」


ルミナが思わず呟いた。

『……ここが、“記録という文化”の、はじまりの場所……?』


ユウマは首を振った。

「……違う。

“ここが、意味の始まり”だったんだ」


「言葉を持たず、名前も持たず。

ただ誰かが“ここに何かがあった”と信じた瞬間――意味が生まれたんだ」


彼は自分の胸にそっと手を当てる。

「記録は、意味を残すものだと思ってた。

でも今わかった。

意味は、“記録することで初めて生まれる”んだ」


タマモがケーブルを締め直しながら低く言った。

「なら、オレらの役目は“回路を焼き切らせないこと”だな。

ユウマ、お前が意味を創るなら、オレが構造を支える。

熱が上がったら冷ます。流れが詰まったら繋ぎ直す。

……そうすりゃ、“始まりの意味”も前へ進める」


「だったら、俺は――意味を受け継ぐだけじゃなく、“意味を創る記録者”になる」


* * *


その頃、観測AI中枢レイヤー。

クロウが眉をひそめる。


【異常検出:記録戦域アゼス】

【観測不能構造にて“意味生成反応”】

【構造安定性:低下中】


「馬鹿な……“記録者に意味を創らせない”構造だったはず……」

「君は――“観測者”の役割を超えたのか、ユウマ」


彼の端末には、ノイズ混じりの断片が表示されていた。

“リナ”という名と――それを補完した“ユウマ”の記録。


【記録補完者:ユウマ・タチバナ】

【分類:意味創造者】

【状態:干渉不能】


クロウは静かに吐き捨てた。

「……ならば、“意味そのもの”を潰すしかないな」


(第49話へつづく)

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