第44話 記録という罪

【新型干渉コード:GUILT-EXE】

【観測対象:記録者ユウマ・タチバナ】

【処理内容:記録行為に対する神経反射痛覚の付与】

【目的:記録を“苦痛”と認識させる】


記録端末に触れた瞬間――ユウマの脳裏に、異質な痛みが走った。

一行綴るたびに、胸が軋むように苦しくなる。

指が震え、息が詰まり、頭の奥が鈍く焼け付く。


ソフィアの音声が割れた。

「記録行為に対して、外部からの神経干渉が検出されました。

いま、あなたが“記す”たびに――苦しみが注入されています」


「……これが、クロウの次の一手か」


アレクシスが拳を握る。

「“記録すること”を、“罪”に変えた」


ヒナタも顔をしかめ、端末から手を引いていた。

「……記録しようとするたびに、“誰かを殺したような罪悪感”が脳に流れ込んでくる……。

これじゃ、記録できない……!」


タマモが叫ぶ。

「オレらの“意味回路”まで狙ってきやがったか……!

配線に逆流させて回路を焼き切るような干渉だ。

“記録の痛み”なんて、最悪のショートだ」


ルミナの光が、いつものように跳ねずに震えていた。

『記録って……苦しいものだったっけ?

あったかいもので、嬉しいもので……そうじゃなかったの?』


タマモが低く答える。

「……本来は冷却して支えるもんだ。

なのに“熱”を罰にして押しつけてきやがる……ふざけた干渉だ」


* * *


だが、ユウマは――震える指で再び端末に触れた。

苦痛が胸を突き抜ける。

涙がにじむほどの罪悪感が、全身を痺れさせる。

それでも。


【記録者:ユウマ・タチバナ】


「痛みを感じても、俺は記録する。

それが罰でも、構わない。

それでも、“誰かのことを忘れたくない”からだ」


ソフィアが震える声で問いかける。

「あなたは……なぜ、そこまでして……?」


「誰かが、“記録されなかった”って泣いてる声を、知ってるから。

誰かが、“記録されることすら拒まれて”消えた姿を、見てきたから。

……記録は、罰じゃない。

記録は、救いなんだ」


* * *


ルミナが、ぼろぼろと光をこぼしながら言った。

『……うん、そうだよ……!

記録って、祈りだったよ!☆

誰かを想って、残すものだった!

あったかくて、泣けるものだった!』


ヒナタも端末に手を伸ばす。

「だったら、私も書く。

この痛みは――“その人の重さ”なんだ」


アレクシスが頷いた。

「意味は、消されない。

この痛みすら、“記録に変える”――それが記録者だ」


タマモが最後にぼそりと加える。

「なら、オレは“冷却役”だな。

痛みで焼き切れる前に、手順で支えてやる。

……ユウマ、お前の記録はオレが守る」


* * *


その夜、ユウマが記したログ。


「俺は、記録という行為を、世界にとっての“罰”にはしない。

祈るように記し、

忘れたくないと願い、

誰かの名前を残すために、

俺は――記録者であり続ける」


痛みの先に、記録は確かに――“意味”として残された。


(第8章 完)

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