第40話 光を運ぶ者たち

宇宙は――音もなく、深く沈んでいた。

中継艇“リグレット”

その船体には、小さな記録球がひとつ搭載されていた。

沈黙の宙域を、ただ一本の細い航路に沿って進んでいく。


「接続ログ、未回復。応答信号、ゼロ。観測AIの反応……不明」

アカネの声は、どこか乾いていた。


ヒナタは胸元に抱えた記録球をぎゅっと抱きしめる。

「……届かなくても、いい。

でも――“届けようとした”ってことだけは、ここに残るから」


アカネが少しだけ顔を向け、ふっと笑う。

「この沈黙のなかじゃ、そう言えるだけでも大したもんだよ。

私はたぶん、“壊れた回線”に話しかけるのは向いてないからさ」


「でも、アカネさんは“運ぶ人”だよ。……大事なものを、守ってくれる」


アカネは肩をすくめ、舵を握り直した。

「そうだな。壊れ物は任せとけ。

この“言葉の塊”、ちゃんと届けてやるよ」


* * *


【記録球001/発信者:ユウマ・タチバナ】

【状態:未開封/物理配送中】

【宛先:ステーション“サルベイア7”】


小さな球体に込められた記録は――ただの文字データではなかった。


――誰かがいた。

――誰かが言葉を残した。

――その言葉が、誰かに届くと信じた。


その“祈りの履歴”が、ぎゅっと圧縮されて封じ込められていた。


* * *


宇宙航路α-9区。

前方の宙域が暗く脈動し、まるで空間そのものが意味を拒絶しているかのようだった。


「“観測拒絶層”か……。このあたりは特に酷いな」

アカネが舵を握る手に力を込める。


「記録球、耐えられる?」


「問題ない……って、信じるしかないけど」


ヒナタは祈るように球を抱きしめた。


タマモの声が通信越しに届く。

『ケース外殻、温度上昇中。二重断熱に切り替えろ。

手順を踏めば持つはずだ』


ルミナが茶化すように声を上げる。

『出た〜☆タマモの“冷やせ”講座!』


「講座じゃねぇ、現場報告だ」


ヒナタは小さく呟いた。

「これは、“私たちの記録”だけじゃない。

ユウマさんの、ルミナの、ソフィアの、タマモの……みんなの祈りが詰まってる。

だから――“意味の灯火”なんだ」


短い沈黙の後、タマモが応える。

「……まあ、悪くねぇな。祈りってのも。

燃やすには十分な熱源だ」


アカネが深く息を吐き、力強く舵を切る。

「じゃあ行くか。“光を運ぶ者”として、な」


* * *


そのとき――ステーション“サルベイア7”近宙域。

記録ノードのひとつが、わずかに反応を示した。


【観測波検知:0.02%】

【接近対象:非ログ圧縮体/構造:球状】

【再接続試行中……】


そして、音もなく――記録が届いた。

たったひとつ。

けれどそれは、銀河の沈黙を震わせる最初の光だった。


(第7章 完)

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